泡沫の血飛沫 その③
能ある鷹は爪を隠し
その鷹を射る私は
毒の鏃を天に向けて
3
「全面戦争と行こうじゃないか」
唐草は両手を広げ、神になったかのような口振りでそう宣言した。
「戦争は、【知略】なんだよ」
右人差し指で、こめかみをコツコツと叩く唐草。
「この街は、僕の仲間の【蜻蛉】と言う女の能力で支配されている。そして、蜻蛉と、笹倉はこの街の反対方向から侵入した椿班と交戦中」
そして、唐草は装備している和傘を畳むと、先を、目下の薔薇班に向けた。
「僕の役目は、君たち薔薇班を始末することだよ」
「話が早いですね」
西原は黒タキシードの腰に装備したステッキの柄に手を掛けた。
「あなたが私たちに向かってきてくれると言うのなら、私たちは単純に【返り討ち】にするまでです」
柄を引くと、仕込み杖に仕込まれた白銀の剣が姿を現し、ビルの隙間から差し込む陽光を反射して鈍く光った。
「手足を切断して、嫌でも、お嬢様の居場所を聞き出そうか」
「おお、怖いね」
唐草は肩を竦めて笑った。
終始ヘラヘラとしている唐草を見て、隣に立っていた男が咎めた。
「唐草殿。もう少し緊張感を持って頂けますか?」
中学生のように小柄で、首から下を覆ってしまう白いマントを身にまとっている。
顔は童顔。ビー玉のようにクリっとした瞳が、唐草を睨んだ。
「我らが王のために、この作戦を遂行するのですからね?」
「ああ。わかってるよ。【神谷】」
神谷。と呼ばれた男は深くため息をついた。
「本当にわかっているのですか?」
「わかってるわかってる」
「いや、わかっていないでしょ」
「わかってるよ」
バサリと傘を広げる。
「いいかい? 神谷。好きこそものの上手なれ。だよ」
「どういうことですか?」
「好きな物こそ、上手にできる。勉強は嫌いだからできない。でも、ゲームは好きだから上手くなる」
「それとどう関係があるんですか?」
「楽しめってことだよ」
そう言う唐草は心底楽しそうに笑っていた。
脊髄を駆け抜ける快感に頬を紅潮させ、武者震いを抑えられないでいる。
「さあ、神谷。楽しもうよ」
屋上から飛び降りる。
神谷は「仕方がありませんね」と、先輩の飄々とした雰囲気に心底うんざりしながらも、その後に続いた。
二人同時に、薔薇班の前に着地。
「じゃあ、遊ぼうか」
「唐草殿。遊んではいけません。我々の目的は市原架陰の奪還です」
「いやぁ、だって、まだ桜班はここに到着してないじゃないか」
ペロリと下唇を湿らせる唐草。
「本番は市原架陰率いる桜班が到着してからだ。それまで、適当に戦力を削って遊ぼうよ」
「・・・、もういいです」
神谷は諦めて薔薇班の方を向き直った。
「もう唐草殿には期待しません。さっさと、この薔薇班のメンバーを戦闘不能にさせてもらいましょう」
「じゃ、援護よろしく」
そう言葉を交わしあった唐草と神谷は、次の瞬間には戦闘態勢に入っていた。
まずは、唐草が地面を踏み込んで、前衛の西原に斬りこんでいく。
西原も瞬時に臨戦態勢を整えると、後方の三人に指示を出した。
「桐谷!!お嬢様は援護を!! 斎藤は前衛に!!」
「「「了解!!」」」
「間に合うかなぁ?」
間合いを詰めた唐草は、死角から突き上げるようにして、和傘の先端を放った。
西原はそれに気づき、すかさず仕込み剣の側面でそれを受け、身を引くと共に勢いを後ろに流した。
「いい体術だね!!」
「あなたも」
やはり、この男、強い。
先程、西原に為す術なく組み伏せられたのは、彼に「抵抗する意思」が無かったから。
本気を出せば、ここまで柔軟かつ精密な動きをすることができるようだ。
「ですが」
西原は唐草の傘の斬撃を受け止めながら目を細める。
「多勢に無勢はいけませんよ?」
上体を大きく仰け反らせる西原。
突いた唐草の和傘が空を切った。
「っ!?」
その瞬間、西原の後方から斎藤が飛び出した。
「【バトラーの仕込み棍】」
右手に握っていた、黒い筒をフェンシングの甲突剣のように前方に突き出す。
筒の中に何重にも折りたたまれていた、筒が「チキッ!!チキチキチキッ!!」と乾いた音を立てながら伸縮する。
「おっと!!」
唐草は紙一重でその攻撃を躱した。
「面白いね。仕込み槍かな?」
「仕込み棍です」
伸びきった棍棒を振る。
大きくしなったそれは、間一髪で躱したはずの唐草の脇腹に直撃した。
「吹き飛びなさい」
しなりの反動で、大きく吹き飛ばされる唐草。
受身をとることもできず、ガラス張りのビルに突っ込んだ。
ガシャンッ!!!
と、ガラスが割れる音が響いた。
「唐草殿・・・」
あっさりと吹き飛ばされた先輩を見て、神谷は幻滅を隠せなかった。
「おい、ダメでしょ。神谷」
崩れたガラス片の中から、唐草が顔中を血まみれにして立ち上がる。
「今のは援護しろよ」
「・・・、すみません」
「まあいいや」
唐草は手をプラプラとさせて脱力する。
「身体が温まってきたよ」
第111話に続く
第111話に続く




