【第110話】 泡沫の血飛沫 その①
一度でいいからと
血の雨が降るのを待っている
二度目は無いのだと
貴方を殺して想う
1
時は少し遡る。
鉄平達椿班が、蜻蛉の【陽炎】の能力によって変わり果てた街に足を踏み入れた頃。
街の反対側では、薔薇班が任務を開始していた。
「はあ、嬉しい・・・」
先頭を切って街に入った、薔薇班・班長【城之内花蓮】は、赤らめた頬に手を当てて、モジモジとしていた。
それを見た、薔薇班・三席の【桐谷】は、「何が嬉しいんですか?」と聞く。
「オレは全然嬉しくないんですけど」
桐谷がこの任務に乗り気では無いのは無理もない。
今回の任務は、椿班、薔薇班、そして、桜班との合同任務だ。
(あー、嫌なこと思い出すわ)
思い出すのは、数ヶ月前のハンターフェス。
「オレ、桜班の雨宮って女と、椿の真子って女に結構苦戦したんですよ。あいつらとはもう会いたくないですね・・・」
「あら、そんなことがあったの?」
花蓮はくすりと笑った。
すかさず、桐谷の半歩後ろを歩いていた、薔薇班・副班長【斎藤】が、桐谷の頭にゲンコツをお見舞いした。
「いてっ!! 何するんすか!!」
「桐谷。たとえ任務が不満でも、お嬢様の前で言うな。お嬢様はこの任務を楽しみにされているんだぞ?」
「んなこたわかってますよ。オレが聞きたいのは、どうしてお嬢様がご機嫌なのかってことですよ」
「お前、忘れたのか?」
「はい?」
「市原架陰様のことだ」
「ああ」
桐谷は思い出して、花蓮の方を横目で見た。
(そういえば・・・、お嬢様って、市原架陰のことを欲しがっていたよな・・・)
城之内花蓮は、我が身を抱くようにして、くねくねと体を揺らした。
「この日をどれだけ待ちに待ったか・・・。架陰様と任務をご一緒にできる日が来るなんて・・・」
「確かに、今回の任務は異例ですからね」
斎藤は、恭しく、花蓮に同調した。
「普段は、お互い干渉しないように任務にあたっています。桜班の管轄地域なら、桜班が担当して、椿班の管轄地域なら椿班が担当。そして、薔薇班の管轄も、薔薇班が担当します・・・」
そして、今、薔薇班の四人がいるこの街は、桜班の管轄地域だった。
「本来なら、今回の任務も、桜班が担当するはず。ですが、我々、部外者である薔薇班や、椿班が招集されたということは、それだけ、今回の任務が危険なのか・・・、未知であるということです・・・」
いや、未知。なんて言葉では言い表せない。
斎藤はおもむろに、辺りを見渡した。
異様な光景だ。街全体を、赤黒い肉の塊が覆い尽くしている。ぶよぶよとした感覚が靴裏から脚に伝わってきて、とにかく気分が悪い。
まるで、人肉・・・、死体を踏みつけにしているような気がしてならなかった。
「西原さんはどう思いますか?」
斎藤は、さっきから黙っている、薔薇班・四席の【西原】に話を振った。
しかし、返事がない。
見れば、西原は虚ろな様子で、肉塊に覆われた街を眺めていた。
「西原さん?」
「ん? ああ、どうした?」
西原はようやく我に返る。
「いや、西原さんは、今回の任務について、どう思いますか?」
「ああ、そうだな・・・」
顎に手をやって考える西原。初老とは言え、西原は班長に匹敵する力を持っている。頭脳明晰で、切れ者。更には超人的な身体能力も兼ね備えている。
そんな西原が、こうやって歯切れの悪い返事をするのは、斎藤だけでなく、桐谷や花蓮にとっても違和感でしか無かった。
「西原、大丈夫?」
城之内花蓮が心配になって聞いた。
「あなた、顔色悪いわよ?」
自らが仕えているお嬢様に心配されたことにより、西原は更に我に返った。
「ああ、すみません。お嬢様・・・。お嬢様の見ている前で不甲斐ない姿を見せてしまいましたね・・・」
「本当に大丈夫なの?」
「はい。大丈夫でございます!!」
西原は無理に元気を振りまくと、肺炎になりかけている胸の辺りをドンッ!!!! と叩いた。
「私、西原。お嬢様のために命を張る所存でございます!!」
「そ、そう。それならいいの」
花蓮は若干腑に落ちないような顔をしていたが、それ以上詮索はしてこなかった。
それがありがたかった。
(かなりまずい状況になってしまったな・・・)
西原は街の風景と、前方を歩く花蓮、斎藤、桐谷の背中を見ながら熟考した。
(このままだと、花蓮様とカレン様が再会をしてしまう・・・)
城之内花蓮と、
城之内カレン。
西原が、この二人の関係性を知っているのは、この二人に仕えていたからだ。
桜班の城之内カレンは、今は心が安定している。
あくまで「今は」。ということ。もしも、何らかの原因で、例えば、城之内花蓮との再会があった時に、いつものように暴れだしてしまうかもしれない。
「っ・・・」
あまり引き受けたくない。のが真意だ。
(ですが・・・、やらない訳にはいかないな・・・)
だが、西原にはどうしても参加しなければならない理由があった。
それが、悪魔の堕慧児による城之内カレンの誘拐だった。
(単純に考えて、この街の変貌は、悪魔の堕慧児が絡んでいるに違いない・・・)
城之内カレンに仕えている身として、悪魔の堕慧児から、どうしても城之内カレンを奪還しなければならないのだ。
その②に続く
その②に続く




