第16話 魔影 その①
君は本当の『君』を知らない
時に君が人を喰らう『牙』を持っているのならば
君は君を『絶望』と呼ぶ
1
吸血樹の触手が、カレンの頬を掠めた。
「くっ!!」
「カレンっ!!」
響也がThe Scytheで触手を斬り裂く。
「ごめん、響也」
「気にするな・・・」
響也は舌打ちをして民家の屋根を見上げた。下アングルからだと屋根の上で何が起こっているのか分からない。
「クロナは何をしてるんだ・・・」
クロナが一時戦線を離脱してから、響也とカレンに掛かる負担が大きくなった。クロナが狙撃していた分を二人で補わなければならないからだ。
クロナがしようとしていることは分かる。慣れない二丁拳銃をやめて、架陰の刀でも使おうとしているのだ。
だが、あまりに時間がかかり過ぎている。
「くそっ! 刀を取って帰ってくるだけの作業だろーが・・・」
苛立ちで集中力が途切れる。
足元から飛び出してきた触手を躱し損ねた。
「しまった!」
響也の足袋の布を貫いて、響也の足に触手が突き刺さる。鋭い痛みと鈍い痛みが同時に襲った。
「ちっ!!」
直ぐに切り落としてやろうとThe Scytheを振り上げたが、響也の武器は二メートルもある。足に突き刺さった触手に寸分違わず刃を当てるのは、至難の業だった。
「カレン!」
カレンにThe Scytheを放り投げた。
0.5秒の目配せで、響也の言わんとすることを理解したカレンは、翼々風魔扇を着物の帯に差し、The Scytheを受けた。
「いくわよぉ!」
カレンは響也に勝る天才だ。一度見たことは、絶対に忘れない。身体で体現する。
「死踏、一の技ぁ!」
上体を捻り、右足を踏み込む。
「命刈りっ!!」
低い姿勢から斬撃が放たれ、響也の足に刺さった触手を両断した。
「ありがとう・・・」
響也は足に残った触手を抜いて、カレンの横に着地した。
「どういたしましてぇ」
「技の発動が、0.1秒遅い」
「文句言わないのぉ!」
カレンがThe Scytheを響也に返す。そして、再び翼々風魔扇を持ち直した。
「よし、どんどん触手を狩っていくぞ・・・」
「少し作戦を建て直したらぁ?」
再び向かっていこうとする響也を、カレンが宥める。
カレンはサポートに回っているため、運動量は少なく、必然的に体力も有り余っているのだが、響也は限界に近かった。
噛み締めた歯の隙間から、ヒューヒューと荒い息が漏れている。汗で濡れた黒髪が、頬に張り付いていた。
響也は首を横に振った。
「駄目だ。ここで仕留めるぞ」
「いくら触手を斬っても、意味無いのよぉ」
「意味はある。斬って斬って斬りまくれば、いずれあいつも力尽きるだろう・・・」
「その前に、響也が力尽きるわよぉ・・・」
「舐めるなよ。私は死神だぞ?」
「そうやって自分の俗名を言う人初めて見たわぁ」
「うるさい・・・」
そんなことを話していた時だ。
響也とカレンの目の前に、白い羽織をふわりとたなびかせて、二人の影が舞い降りた。
「架陰!?」
「と、クロナよぉ」
それは、先程まで脇腹を抉られて死にかけていた架陰と、クロナだった。
「おまえ、傷は!?」
「・・・・・・」
架陰は何も言わない。
相変わらず、彼の脇腹は血で染まっていたが、それ以上の出血は見られない。
「回復薬が効いたのか?」
「・・・、はい」
架陰はようやく返事をした。
だが、何か様子がおかしい。
胃の底からせり上がってくる違和感の正体を確かめようと、響也が架陰を直視しようとした時だ。
ドンッ! とコンクリートの道路が粉砕して、地面から触手が飛び出した。空気を裂いて、架陰に迫る。
「・・・・・・」
架陰は直立不動のまま刀を抜いて、触手を斬った。
無駄が全く無い、最小限の動き。
「すみません」
架陰は俯きがちだった顔を上げた。その目は、鮮血のように赤く染まっている。漆黒のような黒目がギョロギョロと蠢いた。
「俺も、戦います」
突然、変貌した架陰に、響也も、カレンも、クロナもどう対応していいのか分からなかった。
ただ、「ああ」と頷くしかない。
架陰は黙ったまま、刀をゆらりゆらりと振り上げた。
「まずは、この地中に隠れて攻撃してくる卑怯者を、引き摺り出しましょう」
そして、刀を振り下ろす。
バキンッ! とコンクリートに刃が突立った。
(!? 何をしているんだ? 架陰は・・・)
周りの先輩たちの心配を他所に、架陰は突き立てた刀の柄に自分の額を押し当てた。
ボソリと、何かを呟く。
「・・・、魔影・・・、発動・・・」
その瞬間、ボンッ!!!! と鈍い爆発音が響き渡り、たっていた地面が上下に大きく揺れた。
「!?」
「地震か!?」
だが、振動は一瞬で収まる。
架陰は刀をスゴッと地面から抜いた。そして、一言。
「内部の本体に、ダメージを与えました」
「えっ!?」
見れば、先程まで地面から生えて攻撃の機会を伺っていた触手達が萎れている。
つまり、本体に大きな損傷があったと言うこと。
だが、架陰はどうやってそれを成し遂げたのか?
「お前、今、何をした!?」
響也が尋ねる。
架陰はにこりと、どこか冷たい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。能力を使っただけです」
「能力?」
質問が終わらぬうちに、再び四人を地面からの振動が襲う。今度は、小刻みで長い、本当の地震のようなものだった。
「これは・・・!?」
何かが、地面で蠢いている。吸血樹の本体だということくらい察しがついた。
「来ますよ!!」
架陰が叫んだのに触発され、四人は一斉に戦闘態勢を取った。
前線は、架陰と響也。
その後ろに、翼々風魔扇を構えたカレン。
後方の狙撃を担当するのが、クロナだった。
ミシミシ、バキバキと、コンクリートがまるで板チョコを割るかのようにヒビで覆われる。
触手が飛び出して来るときの力とは比にならない。もっと大きな力が、その首をもたげて、今、地上に這い上がろうとしていた。
響也がThe Scytheを構えて上体を捻り、攻撃にエネルギーを加えていく。
「出てきたら、一気に畳み掛けるぞ」
「はい!」
架陰は刀を中段に構えた。
コンクリートの破片が盛り上がり、吸血樹がその姿を遂に地上に現す。
「こ、こいつが、【吸血樹】の本体か!!」
その②に続く
その②に続く




