知略 その③
油虫が一匹
土間の隙間を渡っている
3
「むしろ好きですよ?」
追い詰められている側だと言うのに、うつむき加減に、ニヤリと笑う蜻蛉。
それを見た瞬間、鉄平の背筋がすっと冷たくなった。
野生の勘が、危機を察知する。
「っ!!」
何をされた。というわけでもないのに、鉄平は地面を蹴って上に跳躍していた。
その瞬間、肉塊で覆われた地面に一文字の亀裂が入った。
亀裂がくぱっ!! と開いて、真っ暗闇が顔を覗かせる。
「これは!!」
「さすがです。奇襲を掛けたつもりが、躱されちゃいましたね」
地面を覆った肉塊が、大顎の形状に変形し、鉄平を飲み込もうとしたのだ。
まさに、陥没した地面のように。
鉄平は空中で身をひねり、その大顎を躱した。
「あめぇんだよ!!」
流れるように、蜻蛉との距離を詰める。
そのまま、鉄棍を振り下ろそうとした。
次の瞬間。
死角から、鋭い雷撃が飛んできて、鉄平の腕に直撃した。
バチッ!!
と、流れた電流が、鉄平の腕の神経を狂わせる。
「っ!!」
手の力が抜けて、鉄棍がポロリと放り出される。
「この雷撃は!?」
「ふっ!!」
蜻蛉がニヤリと笑った。
地面から肉塊を隆起させ、鉄平の腹を穿つ。
「がはっ!!」
鉄平は、吐血して上空に吹き飛ばされた。
(くそ・・・!! この雷撃を使えるやつは!!)
虚ろう目で、隣のビルの屋上を見た。
そこには、人間の姿をした、【笹倉】が立っていたのだ。
「てめぇ!!」
「わりぃな」
笹倉は冷酷に言い放つと、握っていた【名刀・雷光丸】を一閃した。
「【雷撃刃】」
刃から、三日月型の雷撃が放たれた。
「にゃろおっ!!」
鉄平は空中にいるために、防ぐことが出来ない。
(くそ!! 終わった!!)
諦めて目を閉じた。
その時だ。
「【爆炎火矢】!!!!」
どこからともなく、炎を纏った矢が飛んできたのだ。
「っ!!」
これには、勝利を確信していた笹倉もうろたえる。
炎の矢は、間一髪で、鉄平に迫った【雷撃刃】を相殺した。
ドンッ!!!!
と、空中で爆発が巻き起こる。
笹倉は舌打ちしをして、矢が飛んできた方向を見た。
「くそ!!」
それから、満身創痍の蜻蛉の方を見て、怒鳴った。
「おい!! 蜻蛉!!! 一体どうなってやがる!!」
「え・・・」
蜻蛉も、何が起こっているのか理解しかねている状況だった。
「どういうこと?」
「ふざけんな!! お前!! ちゃんと分断したんじゃねぇのかよ!!」
「したわ」
「できてねぇだろ!!」
「は?」
笹倉は、三つ先のビルを指さした。
「三時の方向!! お前の作った檻から抜け出して、椿班の狙撃手が狙っているぞ!!」
言った傍から、炎を纏った矢が飛んできた。
「くそ!!」
笹倉は雷光丸を振って、それをたたき落とす。
ビュンビュンッ!!
と、ライフルの銃弾までもが飛んできた。
「しっかりしろよ!! 蜻蛉!! お前の役割は【敵の分断】だろうがよ!!」
「したわ!! 分断したわ!!」
蜻蛉は冷静さを欠いて、そう叫んだ。
蜻蛉はしたのだ。
能力の【陽炎】を使って、肉の壁を作り出し、鉄平とその他三人を分断させた。
そして、一人一人倒す作戦だった。
それなのに、なぜ、椿班の者たちは牢獄から抜け出したのだ!?
「悪いわね。私、空を飛べるのよ」
「え?」
振り返る。
そこには、背中に翼を生やした【雨宮クロナ】が悠然と佇んでいた。
「桜班の・・・!!」
見れば、地面に真っ逆さまのはずだった鉄平の身体を抱き抱えている。
クロナの能力は、【黒翼】。
背中から翼を生やし、大空を自由自在に飛び回ることができる能力だ。
「まさか、あなたが・・・!!」
「そうよ・・・」
間髪入れず、クロナは鉄平を路肩に放り投げた。
それから、腰の刀を抜いて、一閃する。
ギンッ!!!
反射的に、肉鎌で防ぐ蜻蛉。
しかし、クロナの踏み込みの強さを緩和することが出来ず、後方に吹き飛んだ。
すぐ様、笹倉に合図を出した。
「笹倉さん!! 桜班が到着しました!!」
「んなこた分かってる!!」
笹倉もまた、ビルの屋上の上で交戦中だった。
(まずい!! ビルの上は、椿の狙撃手に狙われやすい!!)
笹倉に回避する暇さえ与えずに、炎を纏った矢と、ライフルの弾丸が飛んできていた。
何とか刀でたたき落とすものの、それが精一杯だった。
背後から気配。
「っ!!」
本能のままに、上体を倒す。
ビュンッ!!!
と、三日月状の刃が、笹倉の頭を掠めた。
低い姿勢から、思い切り蹴りあげる。
空を切った。
「こいつは!!」
「よっ!! 久しぶりだな・・・」
笹倉を襲撃してきたのは、桜班班長の、【鈴白響也】だった。
第110話に続く
第110話に続く




