知略 その②
ふやけた脳を
ホルマリンの海に沈めて
アダムとイブの
終末を見に行こう
2
「好きですよ。あなたのそういうところ」
譫言のようなことを言いながら、蜻蛉が迫ってくる。
鉄平は、揺れる地面の上で体勢を整えるのに精一杯だった。
「こいつ!!」
彼女のしなやかな連撃を、鉄棍で防いでいく。
しかし、ふとした拍子に、バランスを崩し、そこに攻撃を叩き込まれていた。
ぐにゃりぐにゃり。
ぐにゃりぐにゃりと、地面が蠢く。
突き上げるような感覚と、引き込まれるような感覚が交互に襲ってきて、上手く立ち回れなかった。
「くそ!!」
鉄平は苛立ちを隠せない。
冷静さを欠いて、蜻蛉の攻撃を食らってしまった。
「くっ!!」
脇腹の辺りを斬り裂かれた。
傷口が熱くなり、沸騰するような血液が吹き出す。
飛び散ったそれは、蜻蛉のブレザーに掛かって、赤い斑点となった。
「綺麗な血の色してますね」
「なんなら!! もっと見せてやるよ!!」
鉄平は傷口を左手で抑えた。
血をベッタリと付着させると、蜻蛉に向かって吹きかける。
「っ!!」
蜻蛉は咄嗟に顔を覆ったが、それよりも先に、鉄平の血液が彼女の眼球に入った。
「目潰し!?」
「おらよォ!!」
蜻蛉に生まれた隙を、鉄平は全力で突きに行く。
歪む地面の中、渾身の脚力で足場を捉えて、踏み込む。
鉄棍の先端で、蜻蛉の腹を穿った。
「吹っ飛べ!!」
「がはっ!!」
蜻蛉は口から胃酸を吐いた。
そのまま、鉄平の腕力に吹き飛ばされ、地面の上をゴロゴロと転がった。
「くっ・・・」
蜻蛉は直ぐに起き上がった。
目に入った血を拭い、顔をあげる。
目の前に、鉄平がいた。
「くっ!!」
指を鳴らす。
鉄平が鉄棍を振り下ろす。
間一髪で能力が発動した。
盛り上がった地面から肉塊がせり上がり、鉄平が蜻蛉の脳天を砕く前に、彼の体を持ち上げ、吹き飛ばした。
「コノヤロウ!!! 仕留め損ねた!!」
「危ない危ない・・・」
再び距離を取り合う二人。
蜻蛉は鉄平に突かれた腹を抑えながら立ち上がった。
「ダメですよ。女の子の腹を攻撃したら。大切なところなんですよ?」
「大切なところってことは!! 弱点ってことだろうがよ!!」
鉄平はお構い無しに襲いかかってくる。
「赤子が産めねぇ体にしてやるよ!!」
「冗談でも言っちゃダメですよ」
蜻蛉は落胆して肩を落とした。
それから、左手の指をパチンと鳴らす。
「【肉塊圧殺】」
その瞬間、四方八方を取り囲んでいた肉壁から肉の塊が飛び出し、鉄平を圧殺せんと迫った。
「っ!!」
「これ、結構体力使うんですよ」
「なんのっ!!」
鉄平は跳躍して、それを回避しようとした。
しかし、触手のように伸びてくるそれは、起動を変え、鉄平を追尾してきた。
「こいつ!!」
これだけ大量の肉塊だ。
まず、鉄平の装備している鉄棍では全てを払い切れない。
鉄平はわずか数秒の間に熟考した。
(どうする!?)
肉塊は全方位から襲いかかってきている。
右のものを弾けば、左、下、上からと袋叩き。
左のものを弾けば、右、下、上からと袋叩き。
どうあがいても、被弾してしまう。
ならば。
「だったら、こうしてやるよ!!」
鉄平は空中で体勢を整える。
そして、鉄棍を握りしめると、上体を思い切り引いた。
「っ!?」
防ぐことを辞めた鉄平に、蜻蛉は言い知れぬ違和感を感じ取った。
諦めたのか?
いや、あの目は諦めていない。
勝とうとしている目だ。
「オレのっ!! 野生の勘を!! 舐めるなよォ!!」
振り絞って、解放する。
鉄平から放たれた鉄棍は、空気を引き裂いて、まるで断罪の槍の如く、蜻蛉に迫った。
「っ!!」
鉄平のしたことを今更ながら理解する。
(能力者本体を狙ってきた!?)
胸の前に腕を交差させて、防御姿勢をとる蜻蛉。
勢いよく飛んできた鉄棍は、彼女の腕の肉を突き破り、胸に突き刺さった。
「がはっ!?」
喉の奥から血が吹き出す。
(馬鹿な!? 打撃武器が、私の体を貫いた!?)
「どんなもんだい!!」
意識が逸れた瞬間、鉄平を囲っていた肉塊の動きが鈍くなった。
「やっぱりな!!」
鉄平は肉塊の隙間を抜けて、着地する。
「てめぇの能力・・・、射程距離が長い分、操るのが難しいんだろ!! ちょっと意識を逸らしただけで、操縦がおぼつかねぇぞ!!」
「全く・・・」
蜻蛉は胸に刺さった鉄棍を引き抜いた。
血が勢いよく吹き出したが、能力で肉を生成して、傷を一瞬で塞いた。
「腹を殴るわ、胸に傷を付けるわ・・・」
「それが嫌なら!! 引っ込んでろ!!」
鉄平は自分の腹の傷を抑え、再び手に血を纏った。
「いえ・・・」
首を横に振る蜻蛉。
「むしろ好きですよ?」
その③に続く
その③に続く




