【第109話】 知略 その①
歯の欠片を拾い上げ
ざらつく断面に押し当てる
痛みは既に舌を焼き
鉄の味を付け根に染みる
1
「さて、戦いましょうか?」
蜻蛉は、手首から生えた肉の鎌を鉄平に向けた。
「さっきも言ったように、私の能力って、肉を空間上の物質に纏わせて、自在に操ることができるんですけど・・・、殺傷能力が無いんですよ。まあ、できないことはないですよ? 意識を集中させれば、肉を鋭利なものに変化させることができる・・・」
言っている途中で、肉の地面を踏み込んで、鉄平に切りかかる蜻蛉。
「だけど、ずっと集中しているのは疲れますからね」
ギンッ!!!
低い位置から切り上げられた鎌の刃を、鉄棍で防ぐ鉄平。
重さは無い。武術をかじっている女子並の力だった。
「っ!!」
「こうやって、自分の肉を変化させた方が、効率がいいんですよ」
鉄平は、反射的に地面を蹴って後退した。
一度体勢を整え直してから、自らも低く構える。
「面白い能力だな」
「よく言われます」
蜻蛉はニコッと笑うと、鉄平に向かって襲いかかっていく。
鉄平は呼吸を整えると、迫り来る蜻蛉の動きを観察した。
大丈夫だ。
(こいつ、大して強くねぇな・・・)
女子。
ということもあるのだろう。踏み込みや、走り方、更には鎌捌きは悪くない。効率がよく、ちゃんと形になっている。
だが、全て「軽い」のだ。
体重が軽いせいで、体格が小さいせいで、斬撃に上手く出力できていない。
「へっ!!」
勝機を見出した。
横凪の斬撃を、まずは鉄棍で受ける。
刃と鉄棍が触れ合った瞬間、直ぐに半歩身を引いて、威力を受け流した。
それから、下がった足を軸に回転。
蜻蛉の側面を滑るように移動して、彼女の背後に回り込んだ。
「おら、喰らえよ」
そのまま、彼女の脳天に鉄棍を振った。
ゴツッ!!!
「うっ!」
呻き声を上げてよろめく蜻蛉。
脳震盪を起こしたのか、ガクッ!!と膝から崩れ落ちた。
頭を抑え、片膝をついてうずくまる。
そんな彼女の首筋に、鉄棍を押し当てた。
「動きは悪くねぇ。だが、力が乗ってねぇな」
「ああ、そうですか」
蜻蛉は頭から手を離すと、おもむろに立ち上がった。
ふうっ、と。ため息をつく。
「まあ、そうですよね。私、女なので、力がないんですよね・・・」
それから、鉄棍を首筋に当てられたまま、鉄平の方を首だけで振り返った。
「でも、それを今言いますか?」
「あ?」
その瞬間、鉄平の足元がぐらりと揺れた。
ハッとした時にはもう遅く、地面が盛り上がり、鉄平は上へと押しあげられていた。
「なにっ!!」
「言ったでしょう? 私の能力は、肉を操るのだ
と」
盛り上がった肉塊に押し上げられている鉄平を見上げながら、蜻蛉はそう言った。
「くっそ!!」
鉄平はバランスを崩し、肉塊の上に尻もちをつく。
そうしている間にも、肉塊は鉄平を上空に押し上げて行く。
「コノヤロウ!!」
鉄平はそこから飛んだ。
「血迷いましたか?」
鉄平は既に、ビルの高さ・・・、上空二十メートルほどまでに押し上げられていた。
いくらUMAハンターと言えど、この高さから落ちたのなら、無事でば済まない。
「そのまま地面に落ちて、潰れてください」
「潰れねぇよ!!」
鉄平は落下しながら身を捻ると、遠心力のままに、鉄棍の先を、肉塊の側面に突き刺した。
「おらっ!!」
「っ!!」
落下の勢いが、これで相殺される。
鉄平は鉄棍を強く握ったまま、肉壁を蹴る。その反動で、鉄棍が引き抜けた。
無傷のまま、地面に着地する。
「へへっ!! とうでぇ!!」
「面白いですね」
蜻蛉は口角を上げた。
「あなたみたいな戦い方・・・、嫌いじゃありません。まるで猿みたい」
「あん? バカにしてんのか?」
「いえいえ、褒めているんですよ」
蜻蛉は左手の指をパチンッ!!と鳴らす。
「野生の勘が無ければ、これは防げないので」
ズブリ。
「っ!!」
彼女の指パッチンを合図に、辺りの地面を覆った肉塊が蠢き始めた。
うねりうねり。
まるで風に吹かれた湖面のように、小刻みに、されど大胆に、上に、下にと揺れ始める。
鉄平はぐらりとバランスを崩し、片膝を着いた。
「こいつは・・・!?」
「単純明快。【揺れる地面】ですよ」
バランスを崩した鉄平の隙をついて襲いかかる蜻蛉。
「足元がおぼつかなければ、まともに戦えませんよね?」
「このやろっ!!」
鉄棍も、肉鎌が衝突する。
ギンッ!!!
「馬鹿じゃねぇのか!! 地面を揺らしたら、てめぇも戦いにくいだろうが!!」
「安心してください。慣れているので」
「くっ!!」
鎌の刃を押し込んでくる蜻蛉。
踏ん張ろうと、鉄平が力んだ瞬間、地面がガクッ!!と揺れた。
バランスを崩す。
がら空きになった腹に、蜻蛉の蹴りが入った。
「がはっ!!」
蹴り飛ばされる鉄平。
受身をとることが出来ず、背中を肉壁に背中を強打した。
「くっそ・・・、あの野郎・・・!!」
「弱点を補ってこそ、本当の強者」
蜻蛉は揺れる地面の上に悠然と佇み、倒れている鉄平を眺めて、ニヤリと笑った。
「私はこうやって戦うんですよ?」
その②に続く
その②に続く




