第15話 この青い空の下へと引き摺りだせ その③
僕は本当の『僕』を知らない
時に僕が人を喰らう『牙』を持っているのなら
僕は僕を『絶望』と呼ぶ
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吸血樹との戦闘開始から、約15分が経過した。
「はあ、はあ・・・」
前線で戦っていた響也に疲れが見え始める。
「命刈り!!」
The Scytheを振り、襲ってきた触手を両断した。
酸欠で足元がふらふらとする。だが、この程度で戦いに支障をきたす響也ではない。
「舐めるなよ・・・」
迫ってきた触手を、死踏の回転を利用して受け流す。
後方に流れた触手を、クロナの二丁拳銃が撃ち抜いた。
「戦いは分担すればいい・・・」
響也の目の隈が、一層濃く見えた。
心配したカレンが、鎌鼬を放ちながら声をかける。
「響也! 無理なら変わるわよぉ!」
「誰が無理って言った・・・」
響也の横を、風の刃が掠めて、触手を切り裂く。
カレンは天才だ。恐らく、彼女にThe Scytheを持たせても、難なく使いこなすだろう。
「だがな、私はお前の翼々風魔扇は使えないんだよ・・・」
「簡単よぉ!」
いや、無理だ。以前、こっそり使った響也ならわかる。
クロナが銃で触手を撃ち抜きながら、舌打ちをした。
「ああ! もうっ!! 埒が明かない!!」
そもそも、クロナの専門は刀だ。刀さえ握れば、居合の速さは響也に劣らない。
だが、架陰が刀を装備しているせいで、陣形が崩れると踏んだクロナは、わざわざ銃に持ち替えたのだ。
「ちまちまちまちま・・・」
ちまちまと撃ち抜く作業は嫌いなのだ。それに、弾が切れたら新しく装填しないといけない。慣れていないせいで、薬莢を落としてしまう。
苛立ちが溜まっていった。
「ああもうっ!! 腹立つっ!!!」
銃を握ることに我慢の限界となったクロナは、地面を蹴って架陰の寝ている屋根へ跳躍した。
「クロナっ!! 何をしている!」
「すみません、直ぐに戻ります!!」
最初からこうすれば良かったのだ。
屋根に降り立ったクロナは、美桜の膝枕で眠っている架陰に近づく。
「むっ!」
「ああ、架陰さん、気絶してしまって・・・」
「わかってるわ・・・」
回復薬の副作用だろう。だが、ぬけぬけと女子の膝枕に預かっているこの顔が腹立つ。
「蹴り飛ばしてやろうか・・・」
「やめてください・・・」
おっと、直ぐに戻らないといけない。
クロナは架陰の腰に挿さった日本刀に手を伸ばした。本来なら、クロナの愛刀になるものだった刀。
鞘はいらない。刀だけ抜き取る。
クロナが柄に手を触れたその時だ。
「!?」
突然、架陰の手が動き、自分の刀の柄を握った。まるで、クロナに触れられるのを拒否するように。
「あんた、起きてたのね・・・」
クロナはため息をついた。まさか寝たフリをしてまで美桜の膝枕を狙っていたとは、浅ましい。
「さっさと手を退けなさい。私がこの刀を使うわ」
だが、架陰は目を閉じたまま返事をしない。柄を握る力は強い。クロナの手では動かせなかった。
「・・・?」
この男は、何をしているのか?
「ちょっと! 早く手を退けてよ!! 怪我してるあんたが持っていても意味ないのよ!!」
「・・・・・・」
架陰は目を閉じたままだ。
早く戦場に戻らないといけない焦りと、刀から手を離さない架陰への苛立ちで、クロナは架陰の腹を殴ろうと、拳を振り上げた。
クロナの奇行に、美桜が困惑した。
「ちょっ!? 何を!?」
「オラァっ! 起きろっ!!」
架陰が腹に怪我をしているとこを思い出して、踏み止まる。
「あれ?」
あることに気づいて、クロナは眉に皺を寄せた。
「架陰の傷が・・・」
先程までどくどくと出血していたのが、止まっている。もちろん、回復薬の効果だということはわかっていたが・・・。
「まだ15分よ・・・?」
回復薬の効果は30分だ。いや、あの傷なら、40分はかかったかもしれない。
それなのに、たった15分で、架陰の傷が全快していたのだ。
「・・・、どういうこと?」
刀を握ったまま手を離さないと言い、傷の治りの速さといい・・・。
クロナの背中を冷たいものが流れ落ちた。
(この感覚・・・、どこかで・・・)
クロナは、本能的に自分の記憶を探っていた。この冷たい感覚、目に見えない違和感。どこかで・・・。
(っ!)
思い出すは、架陰と初めて出会った時。
彼は、鬼蜘蛛の集団にまとわりつかれ、身体中を齧られたいる中でも、クロナが渡した刀を手放そうとしなかった。
それと同じことが、クロナの前で再び起こっていた。
(・・・・・・まさか・・・)
蘇る、架陰の姿。
鬼蜘蛛の集団を蹴散らして上空に跳び、刀を構えた彼は、まるで鬼神のような勢いで鬼蜘蛛を切り刻んでいった。
「美桜さん、今すぐこいつから離れて!」
「えっ?」
嫌な予感が過った。すぐ様、一般市民から危険を回避させようとする。
「いいから早く!!」
クロナは刀を奪うことを諦めて、架陰から美桜を引き離した。
それと同時だった。
「・・・・・・ふう・・・」
架陰の口から吐息が漏れる。
「架陰さん!」
「架陰・・・?」
意識を取り戻した架陰に歓喜の声を上げる美桜と、架陰の暴走を心配するクロナ。
クロナの心配を他所に、架陰はムクリと起き上がった。自分の腹を触って、傷が完治していることを確かめる。
「よし、治ったな・・・」
その様子は、いつもの架陰そのものだった。
「あんた、大丈夫なの?」
一応背後に美桜を回して、クロナが尋ねる。
架陰はニコリと笑った。
「大丈夫ですよ」
「そう・・・」
架陰は着物の衿を整え、腰の刀の位置も整えた。
「すみません、僕も直ぐに援護に回ります」
「え、ええ・・・」
暴走しないと言うのなら何も言う必要は無い。クロナは素直に頷いて、自分も二丁拳銃を構えた。
飛び降りるため、屋根の端に歩いていく架陰。
クロナも美桜に、「じゃあ、ここで待っててね」と言って、架陰に着いて行った。
「・・・・・・」
クロナは気づいていなかった。
「行きましょう、クロナさん」
架陰の目が、鮮血のように赤く染まっていた事を。
そして、彼の身体の中で、異変が起こっていたことを。
16話に続く
架陰「早くしないと! 」
???「そう焦らないの! 今現実世界に戻ったところで、君は吸血樹に殺されるよ」
架陰「殺されても構わない!! 僕は皆さんの役に!」
???「うるさいな・・・、君に死なれたら困るんだよ」
架陰「え?」
???「命を無駄遣いするな。ろくな事にならないよ」
架陰「・・・?」
???「それが、こいつの伝えたいことだってさ」
架陰「?」
???「ああ、うるさいうるさい。本体が不安定になると、僕も不安定になるんだよ。二人とも落ち着けよ」
架陰「・・・、誰に向かって言っているんですか?」
???「おっと、次回16話『魔影』」




