【第106話】 さらば夜 その①
夜明けを求めるということは
夜を嫌悪すること
夜を求めるということは
夜明けを嫌悪すること
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行ってしまう。
カレンが、悪魔の堕慧児達に連れ去られてしまう。
架陰は必死になって叫び、その手を伸ばすが、化け物達に届くことはなかった。
「気に入らんな・・・」
架陰の目の前に、一人の男が立ち塞がった。
大昔の侍の着物を纏い、髪の毛はポニーテールのように結ってある。
冷静沈着で切れ長の瞳が、架陰を見据えた。
「そう焦るな・・・」
「焦るに決まっているだろう!!」
架陰は鬼丸を睨みつけた。
「お前らっ!! カレンさんをどうするつもりだ!!」
「知らん」
鬼丸はキッパリとそう言った。
「私は私はあくまで、王に仕えている存在・・・。主君に命じられたら、ただ、動くのみ・・・」
「っ!!」
カレンを連れ去る理由を隠しているのか、それとも、本当に知らないのか、架陰には図りかねなかった。
「とにかく!! そこを退け!!」
刀を鬼丸に向ける。
鬼丸は、ふっと微笑んだ。
「それでいい。お互い、刀を装備している者同士だ。刃で語り合うのが一番だろう・・・」
そう言って、細くしなやかな指を、腰の刀にかける鬼丸。
ピリッと、空気が震えた。
架陰の身が固くなる。
(この人・・・、強い!!)
以前の、【架陰奪還作戦】の報告で、響也と、椿班の八坂からこんな話があった。
鬼丸。
恐ろしく速く。恐ろしく強い悪魔の堕慧児。
悪魔の堕慧児の一人である狂華を倒した狂華と八坂の元に現れ、二人を瀕死の状態にまで追いやった男だ。
「一応聞きますけど・・・、鬼丸・・・、あんたも、【能力】を持っているのか?」
「無粋よな」
鬼丸からはそんな答えが帰ってきた。
「敵に、自らの能力を教える痴れ者がどこにいる?」
「まあ、そうだけど・・・」
「安心しろ能力は使わない」
「え・・・」
無風の湖面のような、穏やかな言葉だった。
それが、架陰にはどうしても腹立たしく感じた。
「それって、僕のことをバカにしてるのか?」
「何故そのような発想になる?」
「つまり、【能力】を使わなくても、僕に勝てるって言いたいんだろ?」
「ふむ、そうなるか・・・」
鬼丸は顎に手を触れ、独り合点した。
「ならば逆に問おう。お前は、能力を使わないと私に勝てないのか?」
「っ!!」
こめかみの辺りが、プチプチと痛む。
焦りと、怒りとがごちゃごちゃに合わさって、架陰の腕を震わせた。
「あいにく・・・、時間が無いんだよ。さっさと終わらせて貰うよ・・・」
先手必勝。
架陰は、喋りながら、鬼丸に向かって斬りこんで行った。
タイミングは完璧。
上手く相手の隙を突けた。
流れるように、さながら、この降りしきる雨の水滴のように柔軟に。
(斬り込む!!)
ギンッ!!!
一閃した架陰の刃は、鬼丸の刀によって止められていた。
「っ!!」
「ふむ・・・、遅いな・・・」
鬼丸が刀の柄をぎゅっと握る。
殺気が放たれたことを感じた架陰は、慌ててその場から飛び退いた。
しかし、鬼丸は追撃してこない。
「何をしている?」
と、架陰に言った。
「どうして退いた?」
「え・・・」
「私はまだ、何もしていないぞ?」
「だって・・・、殺気が・・・」
「そうか・・・」
目を細める鬼丸。
その視線に、【侮蔑】が混ざったのを、架陰は見逃さなかった。
「刀を握った程度で、【殺気】を感じたか・・・」
「どういうことだよ・・・」
「私は、殺気を放ってなどいない」
「はあ?」
「ただ、刀を握っただけだ。私の【殺気】と勘違いしただけ・・・、さしずめ、【恐怖】によるものだろうがな・・・」
「っ!!」
架陰は奥歯を噛み締めた。
そんなはずがない。
自分が鬼丸に恐怖して、彼の挙動一つ一つに敏感になっている?
だから、殺気を読み違えた?
「そんなはず!! 無い!!」
必死に否定して、再び斬りかかる。
鬼丸は一歩も動かない。
架陰の振り下ろされた刃を刀で受け止め、単純に、押し返すだけ。
「くっ!!」
ただ押されただけなのに、架陰はよろめいて、片膝を着いた。
「動揺しているな? 足腰に力が入っていないぞ?」
「そ、そんなはずは無い!!」
頑なに鬼丸の言うことを否定する架陰。
足腰が弱いから、斬撃に力が入らない?
だったら、これならどうだ。
「魔影!!!」
架陰は能力を発動させた。
体表から黒い霧が現れ、生き物のようにうねる。
それに指示を与えて、【叢雲】の刃に纏わせた。
「【魔影刀】!!!」
魔影がまとわりつき、漆黒の大剣と化す叢雲。
それを見て、鬼丸は再び目を細めた。
それから、「そうか・・・」と頷く。
「鉄火斎殿が怒る理由も・・・、分かるな・・・」
「・・・?」
さっきから、この男は、何を言っているのだ?
どうも本調子が出ない架陰。
それでも、架陰は目の前の鬼丸を打ち破って、カレンを助けに行く必要があった。
「そこを退け!!」
叫ぶことで己を鼓舞する。
鬼丸は「来い」と、手を返した。
「楽しませてくれよ・・・」
その②に続く
その②に続く




