【第105話】 叩き折るって言ったよね? その①
オレは約束を守る
言っただろ?
「叩き折る」って
1
架陰は走る。
アスファルトの上に溜まった雨水を蹴り飛ばし、滑っておぼつかない足元に力を込めて、駆け抜ける。
「オラあっ!! 逃げんなっ!!」
振り返れば、ガーゴイルの姿をした笹倉が追ってきていて、架陰の背中に向かって雷撃を放った。
「くっ!!」
架陰は身を反転させると、迫り来る雷撃に向かって、叢雲の黒龍をぶつけた。
ドンッ!!!!
黒龍が、雷撃をかき消す。
巻き起こる衝撃波で、雨が霧のようになり、二人の視界を奪った。
「はあっ!!」
霧が晴れた瞬間、笹倉が斬り掛かる。
振り下ろされた刃を受け止める架陰。
ずるっ!!と、足元が滑った。
「っ!!」
バランスを崩す。
その一瞬の綻びに勝機を見出した笹倉は、至近距離で雷撃を放った。
「雷光丸!!」
ドンッ!!!!
雷撃に吹き飛ばされる架陰。
空中で体勢を整え、屋上のフェンスに着地。
「くそ!! 滑って、上手く戦えない!!」
「その分、オレは飛べるからなぁっ!!」
ガーゴイルの姿になった笹倉は、下半身が無い。上半身だけで飛行する怪物だ。そのため、足元に広がる雨水の影響は皆無だった。
「オラオラッ!!」
連続して、雷撃を放つ。
架陰もまた、叢雲で空気中に黒龍を生み出すと、それを操って、雷撃の一つ一つを相殺して行った。
「オラッ!!」
雄叫びをあげた笹倉は、翼を羽ばたかせて、一気に曇天へと飛翔する。
「ちょっと、大技・・・行っときますかな!!」
空中から架陰を見下ろすと、刀の切っ先を墨汁を垂らしたかのように黒い空に向けた。
バチバチッ!! バチバチバチッッ!!
と、鋒に閃光が走る。
黄金に輝く雷撃が、その形を形成していって、刃の周りを取り巻く、一匹の龍になった。
「あれは・・・!!」
「行くぜ!! 【雷龍】!!!」
刀を振り下ろす。
それに連動して、雷撃によって作り出された雷龍は、咆哮を上げながら架陰に襲いかかった。
「っ!!」
まずい。
架陰は、フェンスを蹴って、隣のビルの屋上に飛び移った。
あれはまずい。
あの雷撃の塊をモロに喰らえば、架陰はタダでは済まない。
そんな気がした。
「距離をとる!!」
「とらせねぇよ!!」
笹倉は、刀を振り、雷龍を器用に操作した。
雷龍は逃げた架陰の背中を一直線に追いかける。
「追尾機能があるのか!!」
「お前の黒龍も同じだろうがよ」
逃げられない。
意を決した架陰は、振り返った。
「迎え撃つ!!」
刃に、魔影を収束させて、一本の大剣に変化させる。
魔影刀。
それを、雷龍に向かって一閃。
「【悪魔大翼】!!!」
刃から放たれた漆黒の斬撃。
大顎を開けて迫り来る雷龍を、頭から粉砕した。
「よし!!」
小さく拳を握りしめる架陰。
対して、笹倉はニヤリと笑った。
「【天理雷光】・・・」
その瞬間、空中に飛散した雷撃の粒子が、一斉に架陰に襲いかかった。
「っ!!」
架陰は咄嗟に、刀で払ったが、数が多すぎる。
「がっ!!」
雷撃が、架陰の身体を巻きついた。
心臓を直接殴られたかのような衝撃が架陰を襲い、息が詰まる。
「がはっ!!」
架陰は刀を落として、その場に跪いた。
(まずい!! 早く退けないと!!)
拘束具となって架陰にまとわりつく雷撃をとり払おうとするが、雷撃が架陰の運動神経を狂わせる。
力が入らない。
勝ちを確信した笹倉が、ニヤリと笑って、架陰の元へと降りてきた。
「【天理雷光】はな、一見攻撃技に見えるが、本質は【敵の拘束】。まんまと引っかかったな」
「くっ!!」
「さて、一緒に来てもらうぜ」
そう言って、架陰の頭に手を伸ばした。
その時だ。
「笹倉。作戦変更だ」
男の渋い声が、笹倉の動きを止めた。
架陰と笹倉は、声がした方向を向く。
そこには、二人の男が立っていた。
一人は、灰色の袴に、紺色の着物。その上に、白い羽織を羽織った、侍のような姿をした男。
笹倉が言った。
「鬼丸さん!!」
その隣の男は、浴衣を着て、下駄を履いている。肩までの髪は雨に濡れて頬に張り付いていた。ほうれい線の具合から、三十代くらいだろう。
「それと、鉄火斎さん・・・」
「やあ、久しぶりだね」
鉄火斎・・・、いや、一代目鉄火斎は飄々とした笑みを浮かべ、笹倉に手を振った。
「鬼丸さん、鉄火斎さん、どういうことですか? 架陰は、もう拘束出来ましたけど・・・」
困惑する笹倉に、鬼丸は言った。
「ああ。ご苦労。笹倉。しかし、都合が変わった。市原架陰の拘束は解いてくれ」
「え・・・、でも」
「大丈夫だ。解け」
「わ、分かりました・・・」
笹倉は腑に落ちない顔をして、架陰にまとわりついた雷撃を解除した。
自由になった架陰は、すぐさま刀を拾い上げ、鋒を三人に向けた。
殺気をむき出しにする架陰を見て、一代目鉄火斎は「おお、怖い」と、肩を竦めた。
それから、架陰の握っている刀を見て、「おや!」と言う。
「ねえねえ、市原架陰くん。もしかして、その刀・・・、蒼弥に打ってもらったのかな?」
「蒼弥・・・?」
誰だ?
「ああ、あいつ、君には名前を名乗っていないのか・・・」
合点したように頷く。
それから、こんなことを言った。
「改めて、自己紹介といこう。僕の名前は、【一代目鉄火斎】・・・」
ニヤッと笑う。
「その刀を打った男の・・・、【師匠】だよ」
その②に続く
その②に続く




