新章・カレン奪還編 開幕 その③
曇天が怖いのは
天蓋に鎖されているから
闇夜が怖いのは
聖者が眠りにつくから
3
フロッグマンのたぷたぷとした喉元が、風船のように膨らんだ。
「ゲコッ!! ゲコケコゲコ!!」
口を閉じたまま、おなじみの鳴き声を発するフロッグマン。
次の瞬間、血肉が広がった床を踏みしめて、架陰とカレンに向かって跳躍した。
「カレンさん!!」
「ええ!!」
カレンはすかさず、翼々風魔扇で竜巻を発生させて、フロッグマンを商品棚に叩きつける。
ガシャンッ!!
と激しい音が響き、商品棚の弁当類や飲料が崩れ落ちた。
フロッグマンが伸びている隙に、二人は一度コンビニの外に飛び出した。
再び、弾丸のような雨が二人を襲う。
「架陰くん。広い場所で戦うわよォ!!」
「はい!!」
ちらりと、背後の道路を振り返った。
やはりおかしい。
車が一台も通っていない。
歩道も、人一人歩いていない。
(・・・この町に、何が起きているんだ!?)
じたばたとしていたフロッグマンが起き上がる。
そして、二本の足で自立した。
口がモゴモゴと動く。
そして、ニイッと笑った。
「っ!!」
笑ったことにより、フロッグマンの巨大な口の中が見えたのだが、その吸い込まれるような空間に広がっていたものを見た時、架陰の背筋が冷たくなった。
それは、牙だった。
「どういうこと?」
カレンが静かに首を傾げた。
「フロッグマンには、歯が無いはず・・・」
「それなのに、牙を持っているのか・・・!!」
目を凝らして見れば、確かにそれは、牙だった。
きちっと生え揃い、先程食らった人間の肉片がこびりついた、残虐な牙。
フロッグマンは口を開いたり閉じたりして、カチカチと牙を鳴らした。
それから、再び二人に向かって突進してくる。
「一気に決めましょう!!」
架陰は魔影を、刀の刃に纏わせた。
漆黒の大剣と化したそれを、正面突破を図ったフロッグマンの脳天に向かって振り下ろす。
「魔影!! 弐式!!!」
刃が、フロッグマンの頭蓋を砕こうとした、次の瞬間。
「架陰くん!!」
突然、カレンが架陰の着物の羽織を引っ張った。
強い力により、架陰はぐらりとバランスを崩す。
カレンは尚、体重を架陰にかけた。
二人揃って、ゴロゴロと歩道の水溜まりの上を転がった。
その瞬間、空に黄金の閃光が走る。
と、思えば、空間に亀裂が入るかのように鋭い雷撃が落ちてきて、フロッグマンの脳天に直撃した。
ドンッ!!!!
衝撃波により、二人はさらに数十メートル吹き飛ばされた。
「カレンさん!!」
架陰は刀を放り出すと、カレンの身体を抱きしめて、身を呈して衝撃を吸収した。
やっと、電柱にぶつかって止まる。
「カレンさん・・・、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」
「でも、なんで・・・」
架陰は恨み言を混ぜた言葉をカレンに言っていた。
フロッグマンは一直線にこちらに向かってきていたのだ。ならば、魔影刀で迎え撃っていた方が、確実に命をとる事ができた。
それなのに、邪魔をされたのだ。
カレンは顔に付着した泥を拭うと、拭ったその手で、上空を指さした。
「あれよぉ」
「あれは・・・!!」
分厚い雲を背にして、何者かが、ビルとビルの間を浮遊していた。
コウモリのような、爬虫類質の翼。下半身は千切れ、上半身だけ。
引き締まった細腕には、金色に淡く光る刀が握られている。
「悪魔の堕慧児か!!」
架陰が気づくと、上空に浮かんだ男は元気よく「せーいかーい!!」と言った。
バサバサと羽を羽ばたかせて、男が降りてくる。
いたずらっぽく遊ばせた前髪に、切れ長の目。
雨で濡れながらも、身体は血色が良く、唇にはほのかに赤色が差されていた。
「お前は、笹倉!!」
「久しぶりだな。架陰」
彼の名前は、笹倉。悪魔の堕慧児の一人だ。
悪魔の堕慧児とは、UMAと人間の両方の力を持っている者のことで、その目的は不明。前回、架陰を襲撃して、アジトへと連れ去った男だ。
「お前、なんの用だよ・・・!!」
「まあ、そう睨むなよ」
笹倉は、腰のベルトに着いた鞘に刀を納めた。
それから、降参のポーズをとる。
「俺たちの目的は、今まで通り、お前の誘拐だからよ」
「誘拐・・・!!」
再び、悪魔の堕慧児たちは、架陰を連れ去ろうと画策しているのだ。
カレンが、架陰に耳打ちをした。
「架陰くん。もしかして、目撃された『翼を持つ生物』って・・・」
「はい。こいつのようです」
笹倉は、今、能力を発動させていた。
上半身と下半身が切り離され、背中からコウモリの翼が生えている。
【ガーゴイル】の姿だ。
「作戦通りってことだな」
笹倉はニヤッと笑った。
「ガーゴイルの能力を発動して、上空を飛び回っているだけで、直ぐにお前が釣れたよ」
「あのフロッグマンは?」
「もちろん、俺たちの仲間だよ」
見れば、笹倉の雷撃に当てられたフロッグマンは、歩道の真ん中で蹲り、ズブズブと燃えていた。
その、肉の焦げる香りが雨にかき消されることなく漂っている。
笹倉は、刀を再び抜くと、架陰に向けた。
「さあ、一緒に来てもらうぜ」
第104話に続く
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