【第103話】 新章・カレン奪還編 開幕 その①
水面に浮かべる薔薇の花弁を
掬いて食むは我のことか
油虫を噛み潰し
苦味を飲み込むは我のことか
1
ハンターフェスの開催から、二ヶ月が過ぎた。
その日、市原架陰は雨が降る中を、着物の裾を跳ねる泥で汚しながら駆けていた。
「あーあ、降ってきちゃったよ・・・」
昼頃までは、空は子供がめちゃくちゃに塗ったように青かった。
それが、五時を回る頃にはどうだ。
分厚く、墨汁のように黒い雲が空を多い、大きな怪物が泣き咽ぶように大粒の水滴を落としている。
普段は乾いているアスファルトにも一瞬にして水気が広がり、黒々とした鏡面のようになっていた。
架陰は人気の無い交差点で一度立ち止まって、考える。
「このまま、現場に向かうか・・・、一度戻って、クロナさん達と合流するか・・・」
無線が入ったのは、つい先程だった。
市街地に現れたUMAの討伐で、架陰は単独で任務に駆り出された。出現UMAは、ランクCのローペンと、簡単な任務だった。
ローペンの死骸を平泉に渡して、架陰が帰ろうとした瞬間、彼のトランシーバーが鳴った。
アクアからだった。
『○○地区で未確認生物が現れたみたいだから、そのまま向かってくれない? 一応、クロナと響也も準備はさせてるけど、被害が出てからじゃ遅いからね』
架陰は二つ返事で了承した。
「まさか、UMAのハシゴとはね・・・」
一人で言って、一人で苦笑した。
それにしても、よく降る。
考えている間にも、空は泣きじゃくり、ザアザアと弾丸のような雨が降り注いだ。
撥水性はあると言えど、架陰の身に纏う着物にはぐっしょりと雨水が染み込み、身体の体温を奪うと共に、ずっしりとした重さが彼の肩に乗った。
「寒い、重い・・・」
架陰は濡れた前髪を掻き分けた。
その時だった。
「あら、架陰くん」
「んっ?」
話しかけて来る者がいたので、振り返って見れば、そこには城之内カレンが立っていた。
城之内カレンは、架陰と同じ戦闘服の着物を身にまとい、左手には白い洋傘を差していた。
「カレンさん、どうしてここに?」
確か、カレンも、別の任務に単独で向かっていたはずだ。
「アクアさん頼まれたのよぉ。○○地区で、UMAが出現したから、向かってくれって」
「そうですか。僕と同じですね!」
雨の日はどうしても気が滅入る。
架陰は任務に向かうのが億劫になっていた架陰にとって、城之内カレンの登場は救いだった。
「どうしますか? このまま向かいますか? それとも、クロナさんと合流しますか?」
「そうねぇ」
城之内カレンは傘を差したまま、首を捻った。
「このまま行きましょうよぉ。多分、私と架陰くんで倒せると思うわぁ」
「そ、そうですよね」
あっさりとしている。というか、架陰の実力を過信しているように思われた。
架陰は「じゃあ、行きましょう」と、○○地区の方向を指し示した。
カレンは、キョトンとした。
「架陰くん。大丈夫?」
「え? 何がですか?」
「濡れてる」
「いや、それは、雨が降ってますから」
「これ、使う?」
傘を差し出された。
「大丈夫ですよ。どうせ濡れますし」
「それもそうねぇ」
カレンはニコッと笑うと、傘を閉じた。
そして、自らも雨に打たれ始める。
大粒の雨は、一瞬にしてカレンの白い着物に染み込んでいき、彼女の肌にぴっちりと張り付いた。
「これでお揃いねぇ」
「あ、はい・・・」
張り付いた布は、カレンの身体の輪郭を顕にして、目のやり場に困った。
気を取り直し、二人は雨の中を走り始めた。
「架陰くん。アクアさんから話は聞いてるよね?」
「はい」
架陰は先程の会話を思い出しながら頷いた。
桜班の管轄である○○地区に、未確認生物出現。
目撃者の情報によると、ビルの隙間をふわふわと飛んでいる巨大な鳥がいた。との事。
「巨大な鳥って、ローペンのことでしょうか?」
「その可能性もあるわねぇ」
「僕、何気に、○○地区に向かうの初めてなんですよ」
○○地区は、桜班管轄地域の中でも、かなり都会に近い場所だった。
それなりに、建設会社や出版社などのビルが立ち並び、車通りをかなり多い。だが、やはり「田舎の中の都会」と言うべきか、一歩外に出てしまえば、田畑だらけだ。
「ビルの中に出現するUMAか・・・」
少し引っかかる。
「カレンさん。人が多い場所に出るUMAって、見たことありますか?」
「ないわねぇ」
カレンの答えはまたもあっさりとしていた。
「そもそも、UMAは防衛本能の高い生物だから、人に見られるような場所にはいないのよぉ」
「そうですよね・・・」
ローペンでは無い可能性が浮上した。
「じゃあ、どんなUMAなんだろ・・・」
「行ってみてのお楽しみね」
「まあ、消えてる可能性もあるんですけど」
雨は振り続ける。
これから始まる、死闘の気配を孕みながら。
その②に続く
その②に続く




