第15話 この青い空の下へと引き摺りだせ その①
この青空を知らない君は
この雨も知らないのだろう
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「吸血樹についてわかったことがある」
響也が路地を見下ろして言った。
「平泉さんに遺伝子の調査を依頼したところ、やつは植物ではない」
「植物じゃない?」
架陰は首をもたげた。
前々から吸血樹が動物細胞を持っているということは知っていたが、本当に植物ではないのか。
(まあ、あれが植物であってたまるかってことだな)
架陰は自分の腹を抉った攻撃を思い出し、心の中で苦笑した。
「じゃあ、吸血樹の正体って・・・?」
その質問に、カレンが答える。
「架陰くん、ナナフシって知ってるかなぁ?」
「ナナフシ・・・」
名前は聞いたことがある。姿も、確かNHKの教育番組で紹介されていたのを、いつか見たことがあった。
「昆虫ですよね」
「そうよぉ」
段々と読めてきた。
「じゃあ、吸血樹はナナフシ・・・、つまり、昆虫なんですか?」
言われてみれば、確かにあの触手の質感や、動き方は昆虫に似ているものかもしれない。
「昆虫よ」クロナが口を挟む。「けど、ナナフシが巨大化したわけではないわ。ただ、形状がナナフシと似ているってこと」
「似ている?」
理解しかけていた架陰の頭にはてなマークが浮かんだ。
カレンがナナフシの生態について説明を始めた。
「ナナフシはぁ、節足動物門昆虫網ナナフシ目に属する昆虫の総称のことを言うわぁ。彼らの特徴としてぇ、【木の枝】に擬態することがあげられるわぁ」
それを聞いて、NHKのあの教育番組で扱っていたナナフシのことをハッキリ思い出した。あの時も、タレントが森の中で散策をしていて、一見、枝のようなところから、昆虫を捕まえていた。
「つまり、吸血樹も木に擬態して、獲物を狙うのよねぇ。そこは、草食性のナナフシとの相違点と言えるわぁ」
カレンの説明に、響也が補足した。
「あと、ナナフシは地面に潜らない。だが、吸血樹は地面に潜る。そして、地面から触手・・・だけを伸ばして、吸血を行うんだ」
「吸血!」
架陰は重大なことを思い出して、身体を起こそうとした。しかし、腹に痛みが走って直ぐに力が抜ける。
仕方が無いので、空を見たまま言った。
「吸血樹の掘った穴の中から、前日、自切したと思われる触手を発見しました」
「ほう・・・、で、どうした」
「一日経っていると言うのに、血液が凝固していなかったんです」
「だろうな」
響也は全て分かりきっているかのように頷いた。このことも、平泉の調査により解析済みなのだろうか。
「平泉さん曰く、吸血樹は自ら血液を作り出せないことがわかった・・・」
「血液を・・・?」
「ああ。だが、生物である以上、酸素の供給をしないと体は動かない。ならば、吸血樹はどうやって自らの体に酸素の運搬をしているのか・・・」
架陰が答える。
「他人から摂取した血液を利用していたんですね」
「正解だ。恐らく、奴は他人の赤血球・・・、ヘモグロビンを利用出来る能力を持っているのだろう。だから、体内で血液が固まらない物質を分泌しているんだ」
他人の血液を、体内で循環させている。
これが本当だと言うのなら、架陰が切り落としていった触手から出血があったことの説明が充分出来る。
響也は続けて言った。
「初めに襲われた男性教諭に、成美さん。そして、まだ架陰を襲おうとしているんだ。奴は今、極度の貧血状態と言っていいだろう・・・」
風が吹く。屋根の上に立つ桜班の少女三人の着物がふわふわと揺れた。
「お喋りは終わりだな」
今わかっていることを全て言った響也は、屋根から飛び降りた。
カレン、クロナもそれに続いて飛び降りた。
じゃりっとアスファルトを踏みしめる三人。その振動を感じ取ったのか、地面から数本の触手が生えてきた。
生臭い殺気が風と一緒に流れてくる。
その場の温度が3度下がった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
触手と睨み合う響也とカレンとクロナ。
回復薬で身体の再生を待っている架陰は、屋根の上から様子を見守るしか出来なかった。
「っ! あれは!!」
架陰は気づいてしまった。この三人の無言の連携に。
響也が前線に立ち、カレンがその後ろ。クロナは、響也とカレンの後ろに立っている。
必然的に、『攻め』の響也と、『サポート』のカレン。そして、『狙撃』のクロナという陣形が出来上がっているのだ。
響也が姿勢を低くして、The Scytheを地面と平行に構えた。
「行くぞ・・・」
先手必勝とばかりに、響也が踏み込む。
「命刈り!!」
右脚が主軸の回転による横薙ぎの斬撃で、吸血樹の触手を切り裂いた。
直ぐに軸脚を左に切り替えて、左後ろから迫っていた触手を両断する。
さらにその背後から触手の槍が迫る。
「W-Bullet!」
すかさずクロナが銃を発砲して、触手の軌道を変えた。
「ナイスだよ・・・」
響也が身を捩って回転。一撃で触手を本体から切り離した。
カレンが翼々風魔扇を振って突風を発生させる。
「風神大翼!!」
「うぉ!」
響也の身体がふわりと吹き飛ばされた。
響也の立っていた場所から、卵の殻を突き破るようにして触手が飛び出した。響也を仕留め損ねると、また地面に潜ってしまう。
「ありがとう!」
間一髪のところでカレンに助けられた響也は、一言感謝を言って着地する。
三人の戦いを見ながら、架陰は「これじゃあだめだ・・・」と歯ぎしりをした。
これじゃあ、自分の時と変わらない。
無限に生えてくる触手をただひたすらに斬り続ける。このままだと、本体に全くダメージが届かない。
そのことについて響也もわかっているらしい。彼女は「ちいっ!」と舌打ちをして頭をかいた。
「どうにかして、この吸血樹の本体を、地面に引き摺りだしたいもんだな・・・」
吸血樹とまともに戦うためには、吸血樹の本体をこの青い空の下へと引き摺り出さないといけない。
全てはそこからだ。
その②に続く
その②に続く




