祝! 【第100話】 無音領域 その①
生を感じる時
水面に雨粒が落ちた時
生を感じる時
図書室の本がめくれる時
生を感じる時
通りを車が走り抜ける時
生を感じる時
私が笑う時
1
架陰とクロナが、UMA討伐に向かってから三十分が経過した。
二人の帰りを待つ、アクアは、二代目鉄火斎の工房にいた。
「おら、これがオレの作業場だよ」
二代目鉄火斎は、少し不機嫌に、でもどこか楽しげに自分の職場をアクアに説明していた。
「鉱石は、基本的にこの山から採っているんだ。大昔、ここは採掘場だったみたいでな。それが、年月が経つと忘れられた。ここを拠点としたのが、オレの師匠だ・・・」
「師匠って・・・、一代目鉄火斎のこと?」
アクアが尋ねると、二代目鉄火斎は子供らしいはねた前髪を揺らして頷いた。
「ああ。一代目鉄火斎。本名は知らねぇが、オレに刀の作り方を教えてくれた人だぜ」
「さっき架陰に渡していた【名刀・赫夜】を打ったのも、その一代目鉄火斎?」
「ああ。そうだよ。あいつが折っちまった【名刀・赫夜】は、オレが師匠の名刀・赫夜を模倣して作ったもの。聞こえは悪くなるが、【贋作】だな」
そこが、アクアには引っかかることだった。
「どうして、師匠の刀を真似したの?」
「そりゃあ・・・」
二代目鉄火斎は、一瞬言葉に詰まった。
それから、頬を照れくさそうにかいて答える。
「師匠の腕が凄かったに決まってるだろ?」
納屋のように埃が舞い散る工房の隅には、表面が溶けたレンガが積み上がっていた。その上に無造作に置かれていた、刀の刃を鉄火斎は手に取る。
「オレは、一流の刀鍛冶だ・・・」
「自分で言うんだ」
「自分で言うぜ」
そう言うと、鉄火斎は刃を指で挟み、石の壁に向かって切りつけた。
ギャリンッ!!
と、石と刃が擦れ合う不快な音が響いた。
思わず首を竦めるアクア。見ると、壁に一文字の傷が付いていた。
(あの刃で切ったの?)
「見ろよ。これがオレの打った刃の斬れ味だ。角度と腕さえあれば、石くらい簡単に斬ることができる・・・」
それから、二代目鉄火斎は刀の切っ先を下に向けて、挟んでいた指を離した。
パッと落ちていき、硬い地面に突立つ。
「だがな。ただ『斬れる』刀だと、人は認めてくれないんだぜ?」
「どういうこと?」
「まあ、あんたはUMAハンターだから・・・、刀を【芸術】だと思う人間の気持ちは分からねぇか・・・」
「そうね」
鉄火斎の言いたいことを理解したアクアは静かに頷いた。
「戦えればそれでいいのよね。斬れればいい。UMAを倒せればいい。正直、【刃文の美しさ】とか、【柄の装飾】とか、気にしないわね・・・」
「オレは、師匠の【名刀・赫夜】が大好きなんだよ」
そう言われて、アクアは頭の中に、架陰の愛刀【赫夜】を思い浮かべた。
鍔も無い。
柄紐も巻いていない。
刃の色も白銀と単調。
ただ、斬れ味がいいだけ。
「シンプルイズベストってやつだな。他の刀匠は、刀の装飾に凝ることがあるけど、オレの師匠の傑作【名刀・赫夜】はそれが無かった。ただ、UMAを斬ることのみに特化した刀だったんだよ・・・」
「だからなのね」
「ああ。オレの求める刀の完成系は、【名刀・赫夜】だ。きっと邪道だとは思うぜ。一流の刀匠なら、オリジナルの刀を作れってな」
「まあ、そう思う」
「そう思うのかよ」
「まあ、でも、分からなくもないわ」
アクアは、得意げに自分の【職人魂】を語る鉄火斎を見て、胸の奥に込み上げるものを感じた。
そうだ。
UMAハンター達に、戦うための武器を作る者のことを【匠】と呼ぶ。
匠は、各UMAハンターの実力や戦い方に似合った武器を作らなければならない。
脚を軸とした回転で戦う鈴白響也が、【death Scythe】を使うように。中距離でオールラウンダーな戦いができる城之内カレンが、【翼々風魔扇】を使うように。
遠距離射撃を行うクロナが、【名刀・黒鴉】を使うように。
匠は、使い手たちに配慮をしなければならない。
決して独り善がりであってはいけないのだ。
「あなたは、架陰のことを考えているの?」
「考えているに決まってるだろ?」
はっきりと頷く二代目鉄火斎。
「今日が初の顔合わせだったが、オレは、あいつの専属の匠だ。オレはあいつに合った刀を作るだけさ」
「ちなみに、もし、架陰が魔影石を持って帰ったら、どんな刀を打つつもりなのかしら?」
「そうだな・・・」
顎に手をやる。
「あいつの強みは、能力【魔影】による部位の強化。あいつが能力を扱いやすいように配慮した【能力武器】を作るつもりでいるさ」
「そう・・・」
アクアは、ほっとした。
「あなたに、架陰を任せても良さそうね」
「あたぼうよ」
二代目鉄火斎は、ニカッと笑い、自身の鼻を指した。
「オレに任せておきな。あいつの刀は、オレが打ってやる!!」
その②に続く
その②に続く




