見えない攻撃 その②
道端の草になど足は止めない
植え込みの薔薇に心惹かれる
2
(一体どういう事?)
クロナは、目と鼻から垂れる血液を着物の袖で拭った。
大した出血では無い。少し擦るだけで止血が出来た。
気にするべきは、「何故出血したのか」だった。
今、架陰とクロナが交戦している【モスマン】は、目撃例、戦闘例共に少ない未知のUMA。一応【Aランク】と位置づけられてはいるものの、それ以上かもしれない。
クロナは記憶を辿る。
クロナの兄、雨宮黒真が残した資料には、こう書かれていた。
【モスマン】・・・体長二メートル程。全身を毛に覆われ、背中には蛾のような羽が生えている。モスマンが現れる時には、必ずモスキート音が聞こえる。歳を取った人間には音を捉えることが出来ず、奇襲を受けて死亡する可能性あり。モスマンの放つ衝撃波のようなものを食らうと、身体の血管を潰されて出血する可能性あり。特に、眼球や鼻の粘膜をやられる。
この出血は、その衝撃波による追加効果だと見て間違いない。
だが・・・。
(どうして、架陰は出血していないの?)
まず、二人は衝撃波を回避したはずだった。それなのに、クロナだけが出血。
(・・・、出血の基準は、【衝撃波】以外にあるの?)
そこまで考えを巡らせた時、クロナは上空に気配があることに気がついた。
「架陰!!」
架陰の手を引いて、その場から飛び退く。
ドンッ!!!!
二人が立っていた地面が粉砕して、土煙が上がった。
上を見れば、モスマンが静かに羽ばたきながらこちらを見ている。
「あいつ!!」
「あんなところに!!」
キリキリと、再び金属を擦り合わせるような音が聞こえた。
この予備動作の後に、モスマンは衝撃波を放つ。
「架陰!! 来るわよ!!」
「はい!!」
衝撃波の幅は狭い。タイミングさえ合わせておけば、簡単に躱すことができた。
しかし。
「今だ!!」
モスマンが衝撃波を放つ瞬間に、左右に跳んで回避する二人。
確実に躱した。
はずなのに。
「えっ!!」
架陰の眼球から、どろりと血の涙が流れ出した。
もれなく鼻からも血が流れる。
(今度は架陰から出血!?)
(衝撃波は確実に躱したのに!!)
その瞬間、空気が揺れた。
ギンッ!!!
空気を切り裂くようにして、静かに襲ってきたモスマンの突進を、何とか防ぐ架陰。
攻撃をいなされたモスマンは、羽根を羽ばたかせて、直ぐに上空に逃げた。
「あいつ!! 近接もできるのか!!」
「架陰、油断しちゃダメよ!!」
「わかってます」
バサバサと羽ばたきながら、こちらの様子を伺うモスマン。黒い眼球がキロキロと蠢いていた。
クロナは、黒鴉を構えて、何時でも【明鳥黒破斬】が放てる準備を整える。
上空のモスマンと、目から血を流す架陰を見比べた。
(このUMA、未知すぎる・・・!!)
吸血樹の時もそうだったが、UMAと戦う際には、ある程度、予備知識を参考にする場合が多い。このUMAはこう戦うべきだ。このUMAのこの攻撃に注意すべきだ。と。
だが、このモスマンは、違う。
分からないのだ。どうやって、攻撃を仕掛けて来るのかが。
「衝撃波に乗り遅れる当たらなくても、出血をしたってことは、衝撃波以外に何かをしている。ということ。一体なんのために? あの出血は何か意味があるの?」
考えていてもモスマンは襲ってくる。
クロナは、舌打ちをして、刀を強く握りしめた。
彼女の握力に反応して、【名刀・黒鴉】が能力を発動する。
ドクンドクンと、刀全身が脈を打つ。黒い刃の表面が泡立ち、そこから無数の羽根が生えた。
一枚の翼に変化した【黒鴉】を、上空のモスマンに向かって一閃する。
「【明鳥黒破斬】!!!」
振った時の衝撃で、刃から生えた硬質化羽根が一気に射出される。
無数の羽の雨が、モスマンを襲った。
しかし。
羽は、モスマンだけを避けるようにして軌道を変換し、青い空へと吸い込まれていく。
「なっ!!」
これには、クロナも顔を青くする。
「命中しなかった!?」
「クロナさん!!」
架陰も、また、黒い斬撃を放つ。
「【悪魔大翼】!!!」
赫夜から放たれる、三日月型の斬撃。
触れたもの全てを切り裂き、抉りとるその強力な一撃は、一直線にモスマンに迫った。
しかし、それすらも軌道を変えて、モスマンの横を通り抜けていった。
「当たらない!!」
モスマンが鳴く。
「キイッイッ!!」
その瞬間、二人は、頭上から降ってくる拡散型の衝撃波により、地面に叩きつけられていた。
「がはっ!!」
「ううっ!!」
遅れて、二人の鼻と目から、どろりと血が流れる。
(くそ、モスマンは何をしているんだ!?)
その③に続く
その③に続く




