モスマン その③
苔色の渦に火をつけて
白樺の香りの中
縁側に座り込む
夏の大輪
3
「架陰、大丈夫?」
「はい。何とか」
架陰は、足元に転がったローペンの死骸を眺めながら頷いた。
「にしても、いきなり襲って来たわね」
「そうですね」
腰の鞘に刀を収める。
先程は必死だったために分からなかったが、鉄火斎から借りたこの【名刀・赫夜】の切れ味は素晴らしかった。
(まるで、豆腐でも切っているみたいだ)
もうひとつの赫夜では、ここまで切れ味が良いということはなかった。
「それより、どうする?」
クロナは、足袋を履いた足で二体のローペンの死骸を指した。
一匹は、何者かによって食い尽くされたローペン。もう一匹は、架陰によって首を落とされたローペンだ。
「とりあえず、この二体のUMAを回収するか、このまま、ローペンを捕食した犯人のUMAを探すか」
架陰は力強く頷いた。
「もちろん、探しに行きましょう」
「決まりね」
一旦、その二匹の死骸は置いておいて、二人は再び目当てのUMAを探して歩き出す。
その瞬間、再び、先程の「モスキート音」が二人の耳の奥に響いた。
キーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーン
「クロナさん!!」
「ええ、また響いてる!」
二人ともすぐ様神経を集中させて、音の出処を探した。
しかし、この空間全体から響いているような錯覚に襲われ、またもや特定が出来なくなる。
クロナが苛立ったように舌打ちをした。
「どうなってるの!?」
「どこから音が出ているのか、分かりません!」
モスキート音に重なるようにして、バサリバサリと、羽音が聞こえた。
どこから聞こえるのか分からないモスキート音に対して、羽音は二人の真上から聞こえてきた。
ハッとして顔をあげる。
「っ!!」
「あれは!!」
二人とも息を飲んだ。
上空に、人型の生物が浮かんでいた。
遠目のために、その全長ははっきりとしないが、二メートル以上はあるだろう。全身、真夏の影を切り取ったかのように真っ黒で、毛むくじゃら。
腰から伸びる二本の足は、土偶のように太く短い。
腕は無く、その代わりに、背中の辺りから左右二対ずつ、昆虫のような翼が生えていた。
それをひたすらに、バサリバサリと動かしながら、その化け物は二人の目の前に舞い降りてきた。
リンゴ大の眼球が二つ。いや、二つとは語弊がある。
眼球の中に、小さな眼球が複数詰まっており、【複眼】であるということが確認された。
口は毛に覆われてどのような構造をしているのか分からないが、先程食らったローペンの血液がベッタリと付着している。
「・・・!! こいつは!!」
「架陰!! 下がって!!」
クロナが、架陰の手を引いて自分の背中に回した。
有無を言わさず、先手必勝とばかりに、着物の袖から取り出して【煙玉】を化け物に向かって投げつけた。
ボブッ!!と白い煙が立ち込め、化け物の視界を奪った。
「引くわよ!!」
「えっ!?」
走り出すクロナ。
それを追う架陰。
「クロナさん!? どういうことですか?」
「いいから走って!!」
クロナは額に汗をかき、かなり焦っている様子だった。
走りながら、あのUMAについて説明をする。
「あれは、【モスマン】よ!!」
「もすまん?」
「ええ。ランク【A】の強力なUMA」
「ランクAなら、吸血樹と変わらないじゃないですか!!」
「馬鹿ね!! モスマンはとにかくやばいのよ!!」
背後から金属と金属を擦り合わせるような奇怪な音が響いた。
キイッ!!
と、二人の耳に届いた瞬間、背中に衝撃を受け、吹き飛ばされる。
「おわっ!!」
「キャアッ!」
架陰は空中で身を捩り、体勢を整えるとクロナをお姫様抱っこの形で受け止めて、ゴツゴツとした岩場に着地した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ・・・」
見れば、クロナの猫のような目からどろりと血が流れていた。
「クロナさん!! 目から血が!!」
「馬鹿ね。それはあんたもでしょ?」
そう言われて、架陰は着物の袖で目を拭った。
血の涙が滲んでいた。
「・・・、これは、どういうことだ?」
「モスマンの攻撃を食らったのよ。思ったよりも強力だわ」
クロナは血の涙を拭い、自分の力で立った。
「お兄ちゃんの資料に書いていた通り、【モスマン】から放たれる衝撃波は、敵の平衡感覚を狂わせ、気圧の変化による出血を引き起こす・・・」
バサリバサリと羽音が近づいてくる。
煙が晴れて、モスマンが姿を現した。
「架陰。どうする?」
「どうするって・・・」
架陰は答えるよりも先に、腰の刀を掴んでいた。
「やるしか、ないでしょう」
第99話に続く
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