モスマン その②
悪魔といえど
翼を持っているのなら
雄大な世界を知っている
2
「ってか、あんた、本当に刀を壊しすぎでしょ」
山の中を歩きながら、クロナが言った。
「まず、支給品の【鉄刀】をバンイップとの戦いで折っている。そして、その後に鉄火斎さんが打ってくれた【赫夜】もハンターフェスで砕かれた」
「いや、はい。もう、何も反論できませんよ」
クロナの刺々しい言葉に、架陰はみるみると小さくなっていった。
「借りた【赫夜】も折らないでよ」
「折りませんよ」
その後に、「多分」と付け加える。
すかさず、クロナの手のひらが飛んできて、架陰の頭を叩いた。
「もっと刀は大切にしなさい!!」
「はい・・・」
「私はこの刀はある訳にはいかないのよ」
クロナはそう言って、腰に差した【名刀・黒鴉】の黒色の柄紐に触れた。
確か、クロナの愛刀は、今は亡き兄から譲り受けたものだ。つまり、形見。
「だから、大切に使っている。お兄ちゃんのことを思いながら、いつも振るっているわ」
「・・・・・・」
「何よ。辛気臭い顔してさ」
「いえ」
架陰は首を横に振った。
そして、再び前を向く。
今までに、架陰達は様々な山に踏み入って探索をした。そして、UMAを倒してきた。
ローペンと戦った時も山の中。
リザードマンと戦った時も山の中。
そして、白蛇と戦った時も山の中だった。
山の中は、生き物が姿を隠しやすい。つまり、UMAも多く生息しているということ。
「どう思う?」
クロナが、飛び出した木々の枝葉を刀で切り落としながら言った。
「鉄火斎さんのこと」
「どう思うって・・・、どういうことですか?」
「だから・・・、【信用なるか】ってことよ」
「信用していないんですか?」
「そういう訳じゃないけど、あの子、まだ十五歳って言ってたじゃない。そんな子が、刀を造れると思うの?」
「でも、見ましたか? クロナさん」
「何を?」
「あの、住居と、工房ですよ」
「ああ、見たよ」
確かに、二代目鉄火斎の身の回りのものは、【刀匠】と呼ぶにふさわしいもので埋め尽くされていた。
今までに造ったと思われる刀はもちろん、刀を造るために必要な鉱物や、鉄槌などがガラクタのようにあった。
工房は見ていないが、煙突から煙が出ていたということは、作業の途中なのだろう。
「でも、確かに不思議ですね」
架陰は腰の刀に触れる。
「どうして、幼い頃から『刀匠になろう』って思ったのでしょうか・・・」
「さあね。だけど、私がお兄ちゃんに憧れてUMAハンターを目指したのにも似ているのかも」
「・・・・・・」
その時だった。
架陰とクロナの耳に、「キーン」という音が届いた。
身体を震わせ、足を止める二人。
反射的に、刀の柄に手をかけた。
「ねえ、架陰・・・」
「はい。いまさっき、聞こえましたね」
鉄火斎が言っていた、「ローペンの死体が見つかる前には、必ず、モスキート音が響く」というものに酷似した状況だ。
再び、音が響く。
キーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーンキーン
聞こえる。確かに聞こえる。
耳の奥を直接刺激するような、高音。
聞くだけで猫も烏も嫌な顔をしていなくなる音。
「だけど・・・!! どこから聞こえるんだ!?」
分からない。
このモスキート音がどこから響いて来るのか、二人には識別することが出来なかった。
「とにかく、すぐ近くになにかがいることは確かね。探すわよ!!」
「はい!」
クロナと架陰は、同時に走り始めた。
普段から鍛えている強い足腰で、山の急斜面を駆け上がる。
二人が走っている間にも、呼吸音と足音に紛れて「キーンキーン」とモスキート音が聞こえた。
しばらく走った時、架陰とクロナは音に加えて、「臭い」を感じ取った。
「架陰!!」
「はい。血と腸の臭い!!」
走れば走るほど、喉の奥から鼻の先にまで、噎せ返るような臭いが漂っている。
込み上げてくる吐き気に耐えながら、架陰とクロナは走った。
そして、見つけた。
「いた!!」
と言っても、時すでに遅し。
茂みの中に横たわっていたのは、巨鳥ローペンの死骸だった。
今しがた殺されたばかりで、首が落とされ、腹が裂かれて内臓を持っていかれている。地面に広がった黒い血溜まりからは、微かに湯気がたっていた。
「くそ、一歩遅かったわね」
クロナは舌打ちをして、ローペンの死骸に歩み寄る。
その瞬間、奥の茂みからガサゴソとなにかが蠢く音が響いた。
「っ!!」
身構える二人。
茂みから、ローペンが翼を羽ばたかせて飛び出してきた。
「クロナさん!! 下がって!!」
架陰はクロナを背後にやると、鋭い嘴をもって襲いかかってくるローペンに向かって刀を振った。
「【名刀・赫夜】!!!」
ローペンの首はあっさりと切断され、地面に転がった。
(ローペン・・・!? こいつがモスキート音を出していたのか?)
その③に続く
その③に続く




