【第98話】 モスマン その①
追い払うのは子猫
寄せ付けるのは猛獣
喰らうは化け物の腸
1
「一応、戦闘服は用意してるから」
アクアはそう言って、持っていたカバンの中から、二着の着物を引っ張り出した。
一着は架陰のもの。
もう一着はクロナのものだ。
「用意周到ですね・・・」
「当たり前。総司令官だもの」
架陰とクロナは、自分の戦闘服を受け取った。
前回の戦いで、かなり血みどろになっていたが、しっかりと染み抜きがされている。
「架陰。絶対に着替え見ないでよ?」
「え、わかってますけど?」
「何その言い方」
架陰と鉄火斎を玄関の方に向かせている間に、クロナは着物に着替えた。
桜の紋様が入った羽織を纏い、腰帯をしっかりと締め、そこに刀を差す。これで準備完了だった。
「着替えれたわ。見ていいわよ」
「じゃあ、次は僕が着替えますね。クロナさん。向こう向いててください」
「いや、あんたはいいでしょ」
「え?」
隣で架陰が着替えているのを横目に見ながら、クロナは鉄火斎に聞いた。
「で、そのUMAは、どんなやつなんですか?」
「さあな」
鉄火斎は素っ気なく首を横に振った。
「オレも、UMAの姿をはっきりと見たわけじゃない」
「じゃあ、どうしてそのUMAの体内に【魔影石】があるってわかったんですか?」
「この魔影石は・・・、【ローペン】から採集したものだ。だけどな、この山には、その【ローペン】を捕食するやつがいるんだよ」
「ローペンを、捕食?」
架陰が食いつく。
ローペンと言えば、架陰が初めての任務の時に戦ったUMAだ。死体を好んで食らい、飛行術に長けた翼竜。
「ああ。ここ最近、そのローペンを食ってるやつがいるんだ。山に出れば、至る所に、食い尽くされたローペンの死体が転がっている。どれも似たような殺され方でな。オレは、同じUMAが殺ったのだと思ってるよ」
「そのUMAを、狩ればいいのか・・・」
架陰も準備を終えた。
羽織を纏い、腰帯を締め、そこに、先程鉄火斎から借りた【名刀・赫夜・プロトタイプ】を差した。
「恐らく、そのUMAからなら巨大な【魔影石】が採集できるとオレは睨んでる、【生物濃縮】って言葉があるだろ? ローペンの体内からこれだけ小さな魔影石が出てきたってことは、そのローペンを食らったUMAの体内からはもっとでかい魔影石が出るはずだ」
「そのUMAを見たことがないんですね?」
「ああ。だけど、鳴き声なら聞いたことがある」
「鳴き声?」
「あまり、再現できるものじゃなかったな。例えるなら・・・、【猫避け】があるだろ? あの、近くを通ったらセンサーが作動して、『キーン』って鳴るやつ」
曖昧な言い方だったが、架陰とクロナとアクアは十分理解した。
「モスキート音みたいなものですか?」
「そう。それだ。耳の奥に直接響いてくる感じ。それを聞いたあとは、必ずどこかで【ローペン】が死んでいるんだよ」
「うーん」
モスキート音を発するようなUMAは、今までに倒したことがなかった。
架陰は、アクアに聞いていた。
「あの、知りませんか? なにか・・・」
「そうねぇ」
アクアは腕を組んで考える。
「音を発するUMAは沢山いるわ。私も、今までに沢山戦っていた。だけど、【モスキート音】だけじゃ、どのUMAか・・・」
「そうですか」
「とにかく。行ってみるしかないってことね。ほら、行くわよ。架陰 」
クロナはやけに意気込んで立ち上がった。
つかつかと玄関の扉に向かうクロナを、架陰は追いかけた。
「あ、待ってくださいよ。クロナさん!」
慌てて出ていく架陰を、鉄火斎は引き止めた。
「おい。待て!!」
「な、なんですか?」
「とりあえず言っておくが、この任務は【絶対】じゃない。あくまで、【魔影石】を獲るため。お前の刀を造るためだ。無理ならそれでいい。お前は新しい刀を手に入れることが出来ないだけだからな」
「・・・・・・」
重要性の無い任務。と、鉄火斎は言いたかった。
その謎のUMAは、ローペンを食らうだけ。人間に実害が出ているわけでもない。
あくまで、架陰の新しい刀を造るため。
「わかってます 」
架陰は力強く頷いた。
外に出たクロナが「ほら、早くしなさいよ」と急かした。
「じゃあ、行ってきます。アクアさん。鉄火斎さん」
「うん。気をつけてね。私はここで待たせて貰うから。なにかあったら、トランシーバで連絡して」
「はい!」
架陰は勢いよく外に飛び出して行った。
先を行くクロナに駆け寄る。
「行きましょう!! クロナさん!!」
「言われなくともわかってるわよ」
相変わらず、クロナは不機嫌そうに頷いた。
「今回は、私と架陰の二人で挑む任務。敵のUMAの素性も分からないから、警戒していくわよ 」
「はい。気をつけます」
二人は、木々が鬱蒼とする山の中へと足を踏み入れていった。
その②に続く
その②に続く




