新章・二代目鉄火斎編開幕 その②
水すら朝霧と化す
灼熱の炎を
炎すら灰となる
寒冷の凩を
2
アクアが運転するワゴン車は、しばらく舗装された道路を走った。そして、道幅が狭くなったところで、茂みの奥の開けた空間に停車した。
「さあ、降りるわよ」
「え、ここですか?」
架陰はアクアに促されるまま、車を降りる。
ここから先の道は、コンクリートでは舗装されておらず、膝ほどの草が生い茂った道が続いていた。
アクアは、まだ眠っているクロナを背負って車を降りると、ドアロックをかけた。
「ここから先は歩きね。地図によると、一キロも無いくらいだと思うけど・・・」
「凄いですね。やっぱり、刀を造る職人さんだから、山奥の秘境に籠るんでしょうか?」
「そうかな? ここまでコンクリートの道が続くってことは、結構親切なんじゃない?」
考えている暇はなく、アクアと架陰は畦道を歩き始めた。
標高が高く、ゴツゴツとした石が落ちていた。あのまま車で突っ切っていれば、間違いなくタイヤがパンクしただろう。
道中、アクアは架陰のハンターフェスでの活躍を労った。
「よく戦っていたと思うわ」
「そ、そうですかね?」
「うん。実際の戦いは見ていないから分からないけど・・・、あとから主催者側が発行した【討伐記録】を見させて貰ったわ。あの数時間で結構な数のUMAを倒せたじゃない。それに、今回優勝した、【向日葵班】の班長も打ち破ってるし」
「あ、はい。ありがとうございます」
「結果は思うようにはいかなかったと思うけど、内容はなかなか濃いものになったわね」
確かに、アクアの言う通りだった。
架陰はあの戦いで、様々なことを学んだ。特に、スフィンクス・グリドールとの戦いは、架陰に大きな影響を与えた。
初めて対峙する、架陰と同じ、【悪魔に取り憑かれた男】。そして、新形態となる【魔影・肆式】の発動。
ハンターフェスでの激戦を通して、架陰はまた強くなったのだ。
(次こそ・・・!!)
次こそ、魔影肆式を使いこなし、四天王の男を打ち破ってやる。
そう、意気込むのだった。
険しい道を20分ほど進んだところに、その匠の工房はあった。
三匹の子豚の絵本に出てきそうな、煉瓦造りの工房だ。その隣には、茅葺き屋根で建てられた平屋が佇んでいる。
煉瓦造りの建物の方が【刀を造る場所】であり、茅葺き屋根の方が、【住居】と見る方が自然だった。
「こ、ここですか・・・」
「そのようね・・・」
アクアの顔にも、若干の緊張が走っていた。
架陰はひとまず、挨拶をするために、茅葺き屋根の住居の方へと向かった。
立て付けの悪くなった引き戸を、ガラリと開ける。
「ご、ごめんください」
「帰れ!!!」
男の子の怒鳴り声が響いた。
次の瞬間には、部屋の奥の方から、包丁が一本飛んできて、架陰の顔面に迫った。
「うわあっ!!」
架陰は上体を仰け反らせる。
「うわっ!!」
背後にいたアクアも上体を仰け反らせて包丁を躱した。
「ちょっと架陰!! 私が後ろにいるのよ!? たたき落とすぐらいしてよ!!」
「す、すみません。気が回らなくて・・・」
架陰がアクアの方を振り返って謝った瞬間、再び「帰れ!!余所者が!!」と罵声が響き、包丁が飛んでくる。
今度は、架陰は振り向いた瞬間に、その包丁の刃を指で掴んで止めた。
「何するんですか!!」
「帰れっ!!って、言ってるだろうが!!」
薄暗い部屋の奥で、バンッ!!と、男の子が床を踏みしめる音が響いた。
殺気を纏った気配が、架陰に近づく。
「死ね!! この粗忽者!!」
「くそっ!!」
架陰は振り下ろされたナイフを握る手を掴むと、柔道の背負い投げを応用した動きで、男の子を地面に叩きつけた。
ゴツン。
と鈍い音が響く。
「ふぎゃ!!!!」
男の子は猫が踏み潰されたような声をあげた。
「一体・・・なんなんだ?」
架陰は地面の上で伸びている男の子を見た。
思ったよりも、男の子だった。
年齢は十四歳から十五歳ほど。身長は低い。身にまとった着物がぶかく、薄い胸がはだけていた。
「ねえ、君・・・、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえや!!」
男の子は顔を真っ赤にして上体を起こした。そして、何も持たない素手で架陰に掴みかかる。
「やいてめぇ!! 誰の許可を得てオレの山に入ってきやがんだ!!」
「ごめんごめん!! 僕達はただ、【二代目鉄火斎】さんを探しに来ただけだから・・・」
「あん?」
男の子は、押し倒した架陰の上に馬乗りになったまま首を傾げた。
「何言ってんだ? お前・・・」
「え?」
男の子は畔けるような、呆れるような深いため息をつくと、架陰から離れた。
そして、親指で自分の顔を指す。
「このオレ様が、【二代目鉄火斎】ですけど?」
その③に続く
その③に続く




