【第96話】 新章・二代目鉄火斎編 開幕 その①
熱砂の大地を踏みしめた
鉄の残像は色濃く
白銀の鋼を照らし出す
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「うーん・・・」
随分と長く眠っていた気がする。
唸り声を上げながら目を覚ますと、架陰はアクアの運転するワゴン車の助手席に座っていた。
「あ、目が覚めたわね」
隣の運転席で、アクアが前方を見ながら言った。
「良かったわ。ちゃんと回復薬が効いたみたいね」
「あれ、アクアさん、ここは?」
「もちろん、車の中よ?」
「いや、それはわかっているんですけど・・・」
架陰は寝起きでおぼつかない頭に指を当てて、記憶を辿った。
確か自分は、ハンターフェスに参加していて、突如乱入してきたスフィンクス・グリドールと一戦を交えていたような・・・。
「あれ? ハンターフェスは?」
「とっくに終わったわよ」
「はあ?」
架陰は振り返って後部座席を確認した。
制服姿の雨宮クロナが、シートを倒してすやすやと眠っていた。
架陰の衣服も、いつの間にか学ランに変わっている。
アクアは文句をブツブツと言った。
「ほんと、大変だったんだからね。全員戦闘不能になって、全員血みどろになって帰って来るんだから・・・、大会本部から支給された【軟膏系】の回復薬があったから一命は取り留めたけど・・・」
まだ体には鉛でも注射されたかのような痛みがあったが、ハンターフェスで負った傷は綺麗さっぱりに消え失せていた。
汗ばみ、泥だらけになった身体も、風呂上がりのように綺麗になっている。
「もしかして、アクアさん・・・」
「大丈夫よ。みんな子供なんだから、裸くらいどうってことないわよ」
「ああ、はい」
裸を見られたか。
架陰は若干の気恥しさを抱えながら、アクアに聞いていた。
「あの、響也さんと、カレンさんは?」
このワゴン車には、アクアと雨宮クロナと、架陰の三人しか乗っていなかった。
アクアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
そして、ボソリと言った。
「まんまとやられたって感じね」
「え?」
「響也も、カレンも、重傷なのよ。響也は身体中切り刻まれた、肩の肉をえぐられている。カレンは一太刀浴びただけだけど、傷が深くてね・・・、回復薬で一命は取り留めたけど、しばらくは安静って感じ」
「そうですか・・・」
二人の安否がわかってほっとする架陰を横目に見ながら、アクアは「まあ、それだけ他の班の人間が強かったってことよね」と言った。
「特に、百合班。全員女の子の集団だけど・・・、全員が班長に匹敵するくらいの実力を持っていたようね。カレンも、百合の班長にやられたみたいだし・・・」
ハンドルを右に切り、緩やかなカーブを曲がると、急な坂を登っていく。
道はコンクリートで舗装されているものの、ガードレールを乗り越えて、樹木が枝葉を伸ばしてきていた。時々、窓にぱちぱちと当たる。
「あの、これから、どこに行くんですか?」
「ああ、言ってなかったわね」
アクアはハンドルを片手で握ると、もう一方の手をスーツの内ポケットに入れた。布に包まれた何かを取り出す。
「はい」
「ありがとうございます」
架陰はアクアが差し出して来たものを受け取った。
布を剥いで中を確認する。
「これは・・・」
それは、架陰の刀の【名刀・赫夜】だった。
と言っても、今は柄しかない。装飾がなされていない、シンプルな柄の先の白銀の刃は、スフィンクス・グリドールの手によって粉々に砕かれたのだ。
「僕の、刀が・・・」
刀を破壊するのはこれで二回目だ。
一回目は、バンイップの大顎に砕かれた時。そして、二回目がスフィンクス・グリドールとの戦いの時。
「すみません、せっかく造って貰ったのに・・・」
「気にしなくていいわ。武器は使っていたら壊れるものなのだから・・・」
アクアは「だからね」と言って続けた。
「新しい刀を、手に入れに行くわよ」
「え?」
唐突な発言に、架陰は手の中の赫夜の柄を落としそうになった。
「手に入れる?」
「ええ。手に入れに行くわよ」
「それは、今から向かうところにですか?」
「ええ、もちろんよ」
「こんな山奥に、刀があるんですか?」
「もちろん」
架陰の頭の中に浮かぶのは、大岩に突き刺さった刀。選ばれし者だけが抜くことができる、伝説の刀。
「この山の奥に、【匠】が住んでいるのよ」
「匠って・・・、あの?」
「ええ。UMAハンター達が使用する武器のほとんどが、【匠】と呼ばれる者によって造られるのは前に説明したでしょ? 今から向かうのは、あなたの名刀・赫夜を制作した、【二代目鉄火斎】のところよ。その匠に、架陰の新しい刀を打って貰うわよ」
「あの、急に押しかけて大丈夫なんですか?」
「さあね。私も会うの初めてだから」
「え・・・」
心配でしかない。刀匠は特に偏屈だという固定概念があった。
アクアは、「でも、仕方がないわ」と、開き直った。
「刀が無いことには、任務も遂行出来ないからね・・・、ここは早く刀匠に会って、さっさと刀を打って貰うわよ!」
その②に続く
その②に続く




