勝負に負けて賭けに勝つ その②
雷鳴を遮断する
夕立の羽毛布団
2
動けなくなった市原架陰に背を向けて、スフィンクス・グリドールは歩き出した。
二人の激しい戦いで、地形は変形している。地盤に亀裂が入り、地中に張り巡らされた樹木の根がむき出しになっていた。
(少し、やりすぎたかな・・・)
悪魔の干渉のせいで、身体が上手く動かない。右手首から上も損傷している。出血多量で死ぬ前に、早く治療をする必要があった。
上空をヘリコプターが飛行している。
スフィンクス・グリドールが要求するよりも先に、縄ばしごが降りてきた。
「ありがとね」
スフィンクス・グリドールは縄ばしごに捕まった。
直ぐに引き上げられ、ヘリコプターの中へと戻る。
「お帰りなさいませ・・・、スフィンクス様・・・」
座席に腰をかけたままの状態で縄ばしごを引いていた少女が彼の帰りを出迎えた。
闇を切り取ったかのような長い黒髪に、凍てつく程に鋭い瞳。小柄な体は、黒いセーラー服を纏っている。
「ただいま。三崎」
スフィンクス・グリドールは血みどろの格好で、【三崎】と呼ばれた少女の隣に座った。
「スフィンクス様、いかがでしたか? 市原架陰との戦いは」
「微妙だね。彼の中の【悪魔】に結構掻き回された戦いだったよ・・・」
スフィンクス・グリドールは、肉が消し飛び骨だけとなった右手を三崎に差し出した。
三崎は彼の右手を取ると、愛おしそうに撫でた。
「あまり無茶はなさらないでください。貴方様に死なれたら、レイチェル様は・・・」
「大丈夫だよ。僕、死なないから」
「そうだといいのですが・・・」
三崎は、セーラー服のスカートのポケットから、小さな注射器を取り出した。
それを、スフィンクス・グリドールの手首に突き刺す。
「【回復薬】です。と言っても、効能はかなり弱めています。使いすぎはよくありませんからね」
「ああ。これは応急処置だね」
右手は、再生。とまでは行かないが、じくじくと周期的に襲ってきた痛みが消え失せた。
「・・・・・・面白かったよ」
スフィンクス・グリドールは思い出し笑いをした。
「色々なことがわかったよ。まず、市原架陰の【魔影】の能力があれば、僕の【千里眼】の能力を一時的、または、ランダムに無効化することができる。そのおかげで、僕は彼の攻撃を何発か食らってしまったよ」
「そうですか。油断とか、実力の問題ではなく、単に【市原架陰の能力による干渉を受けた】ということでいいのですね?」
「うん。そういうことだよ。そういうことにしておいてくれ」
「・・・・・・」
ジト目で見てくる三崎を無視して、スフィンクス・グリドールは市原架陰によって傷つけられた体の傷を眺める。
「【悪魔】は、完全に市原架陰に加護を施しているね。おかげで、これ以上の干渉ができなかったよ。あれ以上近づけば、僕は悪魔に精神を粉々に砕かれていたかもしれないね・・・」
手首の痛みが少しずつ和らいでいく。治っていると言うよりも、ただの痛み止めだ。
「そして、市原架陰の仲間。【鈴白響也】に、【城之内カレン】。【雨宮クロナ】・・・。なかなか興味深いメンバーを見ることが出来たよ」
その時だった。
スフィンクス・グリドールの身体の中で、大きななにかが、目を覚ました。
心臓が暴れる。
「ああ。起きたのか。もう大丈夫なのかい?」
スフィンクス・グリドールは何も無い場所に向かって話し始める。
こういうことに慣れている三崎は、口を噤んで彼の言葉が終わるのを待った。
「やあ。うん。それはそれは、災難だったね。安心しなよ。僕も何とか逃げられた。君は僕がいないとダメダメださらね」
自分の左手で、自分の右手に触れる。
三崎が聞いた。
「これから、どうなされるのですか?」
「そうさね」
スフィンクス・グリドールは顎に手をやって考えた。
「とりあえす、【攻略方法】は探してみるよ。今のままじゃ、市原架陰に近づいても、彼の中に居る【悪魔 】に邪魔をされてしまう」
「そうですね・・・」
新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、顔を綻ばせ、ニヤリと笑う。
「このままでは行かないよ? リベンジの時が来るはずだ。その時が来るまで、戦いはお預けさ・・・」
その③に続く
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