第14話 架陰VS吸血樹 その③
孤独を分け合おう
きっと大丈夫さ
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「はあっ、はあっ・・・」
架陰は刀を振った。
その度に襲いかかってくる触手が断たれ、地面に落ちる。冷たい血液が吹き出して、頬を濡らす。
「はあ、はあ、はあ」
触手が少なくなったのを見計らい、架陰は再び走り出す。と言っても、脇腹の大量出血のせいで、足元がおぼつかない。世界が、回る。
「か、架陰さん・・・?」
今度は美桜が架陰に肩を貸し、何とか逃げる。
だが、背後から吸血樹の触手が迫る。
「!!」
架陰は直ぐに刀を振って、斬り落とした。もう、ほとんど反射で動いていた。
「さあ、早く・・・」
「・・・、は、はい・・・」
美桜は怖くなった。触手に殺されるからではない。「架陰が死んでしまうのではないか?」と思ったからだ。
本当に身勝手なことだと、自分でも感じた。
自分は死にたいと思って、吸血樹の攻撃だって受け止めることができる。だが、どうしてもこの人を死なせる気にはなれなかった。
それは、成美の時に感じたものと似ているのかもしれない。
(この人は、架陰さんは、死んではいけない人だ・・・)
美桜は小さな身体で架陰を支え、ひたすらに吸血樹から距離をとろうとした。
(私を護って死ぬなんて、あんまりだ・・・)
お願いだから、これ以上死なないでくれ。償いは自分で充分だ。
その一心が、美桜を動かした。架陰がまともに動ければ、とっくに逃がして、吸血樹の触手に貫かれて死んでいる。
まあ、元気な彼が自分を易々と殺すわけがないが。
「はあ、はあ、はあ」
架陰の脇腹から染み出した血液で、美桜の手がベッタリと濡れた。息遣いも荒い。
今度こそ、本当に怖くなる。
(この人、死ぬんだ・・・)
背後から触手が襲う。
架陰に、刀で対応する力は残っていなかった。
「くっ!」
架陰は渾身の力で美桜を引っ張り、地面に倒れ込む。ギリギリで触手を躱した。
「あぁああああ!!!」
低い姿勢から刀を斬り上げ、触手を切断する。
これで架陰は、持てる力の全てを使い切った。
(身体に、力が入らない・・・)
そのまま、パタリと地面にうつ伏せに倒れ込む。脇腹から流れ出した血が、じわじわとコンクリートの上に広がっていった。
「血を、流しすぎた・・・」
「架陰さんっ!!」
美桜が駆け寄る。
架陰は丁度良かったと思った。
「美桜さん、逃げて・・・」
「・・・・・・」
「僕が、囮になるから、君は、その間に、逃げて・・・」
その言葉に、美桜は背筋が冷たくなるのを感じた。どろりとしたものが、身体から溢れ出る。動悸が速くなり、耳元で鈍く鋭く叫んでいた。
それじゃあ、成美の時と変わらないではないか。
いや、見殺しにするのだから、成美の時よりも酷い。
「い、いや、嫌です」
美桜は必死に首を横に振った。
「置いて、行けません・・・」
架陰は美桜を突き放すように、血塗れの手で美桜の小さな肩を押した。
「早く、行って・・・」
美桜はぐらりとして、コンクリートの上に尻もちをついた。腰が抜けているのだ。
「い、嫌です・・・」
美桜は硬直した首を必死に振った。
「い、今逃げたら・・・、私は、二度と、前には、進めなくなる・・・」
「・・・・・・、早く・・・」
美桜は生まれたての子鹿のような足で立ち上がると、架陰の胴に手を回し、起こそうとした。だが、華奢な少女の力では、架陰を動かすことも出来ない。
その間にコンクリートを割って、吸血樹の触手が生えてきた。もう仕留めた気になっているのか、動きが鈍い。
その鈍重さが、余計な恐怖となって美桜を襲った。
「架陰さんっ! 架陰さんっ!!」
呼びかける。せめて、架陰に立ち上がる力があれば良かった。だが、架陰の反応は無い。
架陰の意識はもう・・・、夢の中に片足を突っ込んでいたのだ。
(僕は・・・、死ぬのか・・・)
強烈な眠気。
美桜の声。
あの男の、笑い声。
ぼんやりとした目で、美桜を見た。美桜の目には涙が滲み、怯えきった子犬のように架陰を見ていた。
彼女の後ろに、誰がが立つ。
現実ではなかった。夢が引き起こした幻覚だった。
(やあ、架陰、絶体絶命って所かな?)
黒いスーツ姿の男は、久しぶりに会った友達のように片手を上げて微笑んだ。
架陰はとりあえず返事をする。
(また、あなたですか)
美桜の顔が一瞬動揺した。幻覚に話しかけたつもりだったが、声に出ていたようだ。いよいよ自分も危ないらしい。
男は、金髪を弄りながら答えた。
(また僕だよ)
彼が出てきたのなら話は早い。架陰は直ぐに男に懇願した。
「僕に、力を貸してください・・・」
いつものように、夜を統べる梟のような、鋭い眼力を。
だが、男はため息をひとつ。首を横に振った。
(残念だが、もう力なら貸してるよ)
「え・・・?」
(気づかなかったのか? 君は既に僕の力を使っていたんだよ。だから、美桜を護りながら、ここまで戦い抜くことが出来たんだ)
「そんな・・・」
身体の力が抜けていく。目が霞む。男の幻覚の影さえ怪しくなった。
「これ以上、強くなれないなんて・・・」
(『強くなる』というのは語弊があるな。君は強くなどなっていない。一時的に反射速度が上がっていただけだ)
男はおもむろに架陰に近づいた。美桜を通り抜けて、架陰の眼前に顔を突き出す。
(だけど・・・、『強くなる』方法もないわけではない)
「え・・・」
(正直、避けては通れない道だった。まだ、その時ではないと高を括っていたけどね)
男手が伸びてきて、架陰の頭を撫でた。と言っても、感触があるわけではない。
男の口が、裂けるようにニヤリと笑った。
(二段階だ。僕の力は、二段階上がる。そのためには、君も僕を受け入れないといけないよ)
頭に電流が走った。
脳裏に、誰かの記憶。誰かが見た映像が流れこんでくる。
「っ!?」
まるで走馬灯のように、それが浮かぶ。
世界は全てを白黒で、黒い炎に埋め尽くされていた。どこかの、山の中。木々はなぎ倒され、死に絶えた猿や鳥があちこちに転がっている。
彼は、空中からそれを見ていた。
誰かが、彼を見上げていた。
五人。
若い人達だ。
その中に、まだ架陰と同い年くらいのアクアがいた。ボロボロの体で、彼と戦っている。
あの牛乳瓶の底のようなメガネをかけた男は、平泉だろうか。彼もまた、ボロボロの姿だ。
あとの三人は見たことが無い。けれど、三人とも、日本人の顔をしていた。
「!?」
三人の顔をじっくりと確認しようとしたその瞬間、架陰は何か強い力に引っ張られた。
男の見せた幻覚から連れ出される。
物理的な衝撃。
男の苦笑する声が響いた。
(あらあら、もう少しだったのに・・・)
誰かが、架陰が吸血樹に殺される前に、彼を救出したのだ。力強い腕の中に抱き抱えられる架陰。
朦朧とする意識の中、架陰は自分を連れ去った人物を見た。
「クロナさん・・・」
「待たせたわね・・・」
クロナは架陰をゆっくりと民家の屋根の上に下ろした。ここなら、吸血樹の触手も届かない。
見ると、美桜は響也が抱き抱えている。
「ったく、勝手な行動するからこうなるのよ」
クロナはいつもの苛立った口調で言った。懐から、回復薬である【桜餅】を取り出す。
響也も同様に、美桜を屋根の上に下ろした。
「まあ、いいじゃないか。おかげで、吸血樹と再戦できる・・・」
クロナの背後から、カレンがひょこりと顔を出した。手にはペットボトルのお茶。
「架陰くん、大丈夫? 私、心配したのよぉ!」
お茶を、桜餅を咀嚼する架陰の口に流し込む。喉も乾いていたので丁度良かった。
無事、架陰は桜餅を胃に流し込んだ。
「ふう・・・」
「30分で全快するわ。それまで、この屋根の上で待機しなさい」
架陰の身体は早速回復を始める。脇腹に鈍い熱が宿った。
すっかり現実に戻された架陰は、集結した桜班のメンバーを見渡した。
鈴白響也。
城之内カレン。
雨宮クロナ。
改めて見ると、壮観だ。
「でも、どうして皆さんが!?」
その質問に、カレンが答える。
「架陰くん、トランシーバーで連絡してきたでしょぉ? それを聞いてたからよ」
「居場所は、GPSで追った・・・」
「どんどん遠くに走ってくもんだから、追うのが大変だったわ」
「す、すみません・・・」
架陰は平謝り。
美桜は突然現れた着物の集団に困惑を隠せない。
「あの、この方達は・・・!?」
わざわざ動けない架陰に尋ねる。
架陰は掠れた声で答えた。
「僕の、先輩だよ・・・。とても強いんだ」
「お前も、十分強いと思うがな・・・」
響也が架陰の方を見ずに言った。
「よくここまで耐えた。褒めてやる」
「よしよし」
カレンが架陰の頭を撫でる。クロナは何もしない。
普通に褒められたのが気恥ずかしくて、架陰は頬を赤らめた。
路地の方を見下ろすと、獲物を失った吸血樹の触手がフラフラとダンシングフラワーのように揺れていた。
このまま放っておくと、また地面に潜る可能性がある。
「行くぞ・・・」
響也が右手に持ったThe Scytheを構えた。
この「チャキンッ!」と言う金属音を皮切りに、クロナも腰の銃を抜き、カレンも翼々風魔扇を握った。
「架陰くん、少し待っててねぇ。いま、あいつを狩ってくるから」
「とりあえず、あんたはその美桜って人を護ってなさい」
「は、はい・・・」
三人が、足袋を履いた足を同時に前に出す。
「行くぞ、吸血樹討伐任務、開始だ!」
第15話に続く
クロナ「あいつの応援要請が来てますけど、行きます?」
響也「架陰のやつ、どこにいるのかと思えば外に出てたのか・・・」
クロナ「そうなんですよ。無断出撃ですよこれは」
響也「全く、手間をかけさせて・・・」
カレン「じゃあ、早く着物に着替えていきましょうかぁ」
響也「ちょっと待て、このエナドリを飲み干してからな」
クロナ「このエナドリの時間が、架陰を殺す・・・」
カレン「縁起でもないことを言わないのぉ!」
響也「よし、行くぞ」
カレン、クロナ「「早い!!」」
響也「次回、第15話『この青い空の下へ引き摺りだせ!』」
カレン、クロナ「お楽しみに!」
響也「あ、今あいつ死んだ気がする」
カレン、クロナ「「縁起でもないことを・・・」」




