魔影・肆式 その③
紅の
雨降る夜の
漣に
裾を捲るは
秋の朧月
3
(目で追えない・・・!! 速すぎる!!!)
架陰の高速移動を前に、為す術なく蹴り飛ばされるスフィンクス・グリドール。
空中で身を捩り、体勢を整えると、白衣の内ポケットから【回復薬】を取り出した。
「っ!」
気づいた架陰は、再生させまいと、刀を振った。
「【悪魔大翼】!!!」
名刀・赫夜に纏わりついた魔影が、三日月型の斬撃となって発射される。
迫り来る斬撃を前に、スフィンクス・グリドールは、目玉がむき出しになった左手をかざした。
「【壱式】・【蛇睨】!!!」
スフィンクス・グリドールの千里眼の眼球に射すくめられた斬撃は、一瞬にして散り散りになった。
「くっ!!」
架陰は奥歯を噛み締める。
手を誤った。ここは、魔影脚で加速して距離を詰めてから攻撃を仕掛けるべきだった。
その隙に、スフィンクス・グリドールは心臓部に注射針を打ち込み、回復薬を流し込んだ。
スフィンクス・グリドールが開発した回復薬は優秀だ。一瞬にして、彼の傷を癒す。
「さてさて! 反撃と行こうかな!!!」
「返り討ちにしてあげますよ!!」
架陰は再び地面を蹴ると、スフィンクス・グリドールの視界から消え失せた。
「来た!!」
スフィンクス・グリドールは意識を集中させる。
(これは、ただの高速移動ではないね・・・)
二、三発と喰らった為に、架陰の攻撃の仕組みを理解し始めていた。
架陰の魔影【肆式】は、単純に発動できる魔影の量が増えただけでは無い。
脚に纏わせ、脚力の強化。
腕に纏わせ、腕力の強化。
刀に纏わせ、斬撃の強化。
まるで、鎧のように魔影で身体を覆うことで、自分そのものを、一匹の【悪魔】のような姿へと変貌させていく。
(恐らく、その姿は、【伍式】、【陸式】と上がる度に、悪魔へと近づいていくんだろうな・・・)
そして、スフィンクス・グリドールの視界から消え失せる。という現象についてだ。
これは、高速移動と言うよりも、【スフィンクス・グリドールの目を憚っている】という方が正しかった。
先程、堂島鉄平にトドメを刺そうとしたスフィンクス・グリドールは、背後に立つ市原架陰の存在に気づくことが出来なかった。
【千里眼】という能力を持つスフィンクス・グリドールは、気配に敏感だ。まず、気づかないことはありえない。
(つまり、僕と市原架陰は、同族、ということか・・・)
その瞬間、スフィンクス・グリドールは、身を反転させた。
腕を払った場所に、架陰の蹴りが直撃する。
「見きったよ?」
そのまま、右脚を軸にして回転して、架陰の蹴りの衝撃を後ろに流した。
「うわっ!!」
勢い余った架陰は、そのまま、後方に飛んでいく。
何とか、着地した。
「な、なんでっ!?」
何故受け流されたのか分からない様子だった。
再び勝機を見たスフィンクス・グリドールは、ニヤリと笑う。
「言っただろ? 僕は【悪魔】を体内に飼っているって・・・、この【千里眼】という能力は、その悪魔から借りたものだ・・・」
「っ!!」
「対して、君の【魔影】の能力も、君の中に住み着く【悪魔】から借りたものだ。分かるだろ? 僕と君も、借り物の力を使っているってことが・・・」
スフィンクス・グリドールは白衣の袖をまくった。
「集中して見ればよくわかったよ。僕と君から発せられる気配は、【似ている】。きっと、取り付いている悪魔が同種なんだろうね」
架陰の耳元で、悪魔が舌打ちをした。
(アノ男・・・、気ガツイテイタカ・・・)
架陰が、スフィンクス・グリドールの目を憚った方法に。
「木の葉を隠すなら森の中。僕が発する、悪魔の気配に、君の悪魔の気配を練り込み、僕の視界から【認識されない】ようにしたんだろ?」
全てお見通し。
先程、背後に立つ架陰に気が付かなかったのもそのためだ。
ちなみに、架陰自身も気がついていなかった。全て、架陰の中の悪魔がやったことだった。
「魔影の濃度が増した肆式だからこそできる技。そして、悪魔を飼っている僕にだけ使える技だね・・・」
スフィンクス・グリドールは「パチンッ!!」と指を鳴らした。
すると、頭上にヘリコプターが現れる。
「【支給品】を要求するよ。あの武器を頼む」
その一言で、頭上を飛行するヘリコプターから、黒光りする長物が降ってきた。
ドンッ!と地面に突き刺さる。
「じゃあ、少し本気を出しちゃおっかな!!」
スフィンクス・グリドールはそう、遊びに興じる童部のような声を出すと、地面に突き刺さった剣を掴んだ。
一思いに引き抜く。
漆黒の剣。
柄から刃まで、全て真っ黒。
鍔の部分に髑髏の装飾がなされ、眼球の部分が不気味に光る。
「あれはっ!?」
「へへ、いいでしょ?」
スフィンクス・グリドールは、その剣の切っ先を架陰に向けた。
「これが僕の愛剣【悪魔に魅入られし咎人の断剣】だよ・・・」
第94話に続く
第94話に続く




