第14話 架陰VS吸血樹 その②
生きる意味なんて分かるものか
天国の生き方をしているか
地獄の生き方をしているか
ただそれだけの理由だ
2
吸血樹が現れた時、誰かが私に語りかけた。
「どうしてお前は生きているんだ?」と。
結局、彼と一緒にいた時の感覚は幻想で、私は少しもあの化け物から解放されていないのだ。ただ、ひたすらに、成美を見捨てたことの罪悪感に囚われている。
そうすると、何か、急に身体が主だるくなって、足に力が入らなくて、吸血樹を前にしても、「ああ、別に死んでもいいや」って、そう思ううようになった。
架陰さんが、私を護ろうとしている。
何で?
何故そんなに必死な顔をしているのか、私には理解出来なくなっていた。
他人のために、どうしてその命を張るのか。さっさと逃げてしまえばいい話だろう。まさか、勢いで言ったことを撤回する余裕が無くなったわけではあるまい。
ああ、分かってる。これは吸血樹による恐怖の麻酔なんだと。もし、私が成美を見捨てたりしなかったら、私もきっと、もう少し悲鳴を上げて、もう少し全力で走っていたのだと思う。
けど、ダメなんだ。何も感じない。それどころか、「早く終わってしまえ」と思ってる。
身体が、生に執着することを拒んでいる。蔑んでいる。
ああ、私は、早く死にたいんだ。
そして、謝りたいんだ。成美に、「何も出来なくてごめんなさい」って。
3
「美桜さん! しっかり走って!!」
架陰は美桜の手を引きながらそう叫んだ。美桜の足がおぼつかないせいで、思うように速く走れないのだ。
美桜は、人形のような目で、ただ前を見ていた。
「っ!」
架陰は歯ぎしりをした。わかる。美桜の気持ちが。友達を見捨てた自分を、「生きているべきではない」と罵っているのだろう。
だが、それは美桜の心境の問題であり、人を助けようとしている架陰にとって、煩わしい以外なにものでもなかった。
ドンッ!! と地面が爆発して、吸血樹の触手が飛び出した。
走るのに夢中になっていた架陰は、反応に遅れ、体勢を大きく崩した。
「やばい!」
美桜と共に、勢いよくコンクリートの上に転がる。咄嗟に美桜を抱きしめて、彼女が受ける衝撃を緩和させた。
ヒュンッ!と触手が迫った。
「はっ!!」
身を起こした架陰は、刀を斬り上げて防ぐ。
散った血が架陰の頬に掛かった。
斬った傍から、二本目、三本目と触手が生えて架陰と美桜を襲う。
「くそっ! キリがない!!」
触手の一本一本を斬ることは容易かった。だが、吸血樹にとって触手の一本一本を失うことは、髪を切り落とす並に些末なことだった。
「はあっ! でやあっ!!」
斬った触手の断面から血が抜けていき、コトリと動くのを辞める。しかし、直ぐにまた新しい触手がコンクリートを貫いて出てくる。
「はあっ! はあっ!」
こんなことをしていても意味が無い。
架陰は一人、体力を消耗していく。
辺り一面血の海となり、切り落とされた触手が転がっていた。
(こんなに刀を振り続けたのは初めてだ!!)
腕の中に金属のパイプが入っているかのように、鈍い痛みが続いた。肺に血が回り、鉄の味が込み上げた。
そして、美桜を護りながらの戦いは、精神も体力も二倍に削っていく。
(っ! 重い・・・)
架陰は次々と襲ってくる触手を斬りながら、美桜を襲う触手を斬りながら思った。
(人の命を乗せた刀が、こんなにも重いなんて・・・)
美桜は先程から立ち尽くし、逃げようともしない。恐怖に駆られたか、生を諦めたか、聞くに聞けない。
「はあ、はあ、はあ・・・」
頭がずっと痛む。まるで針に刺されているようだ。
せめて、クロナ、響也、カレンの三人が、ここに来てくれたら・・・。
その時だった。
誰かが、架陰の耳元で囁いた。
(いいね、この研ぎ澄まされている感覚)
「!?」
思わず集中力が途切れる。それは、わずか一秒のことだったが、その隙を吸血樹は逃がさなかった。
架陰の脇腹がカッと熱くなる。
生暖かい血液が飛び散り、コンクリート塀に斑点を作った。
「がはっ!!」
痛い。
視界で白い火花が弾けた。
一瞬で戦闘態勢が解かれる。そこに、大きく薙いだ吸血樹の触手攻撃が炸裂した。
勢いよく架陰の身体が吹き飛ばされる。
激しく道路の上を転がる架陰。その軌道に沿って、赤い血がベッタリと線を引いた。
「はあっ、はあっ・・・」
架陰は脇腹の傷を押さえながら起き上がった。熱い液体が、指の隙間から溢れ出る。ビチャビチャとコンクリートの上に落ちた。
「はあっ、はあっ・・・」
脇腹を抉られたようだ。血が止まらない。
目眩がする。身体に力が入らない。
「ま、護らないと・・・」
美桜を護らないと、いけない。護らないと、駄目だ。
(友達を、殺されて・・・)
架陰はフラフラと美桜に近づいていく。
(罪悪感を背負って、死んでいくなんて・・・、あんまりじゃないか・・・)
触手が美桜に近づく。
美桜は逃げようとしない。
目を閉じた。
「・・・・・・」
「美桜、さん・・・」
美桜は全てを受け入れようとしていた。
無き友に祈る。
ごめんなさい。あの時、何も出来なくて。あの時、あなたを止められていたら、あなたは死んでいなかった。
痛かったよね。
怖かったよね。
悔しかったよね。
だから、これが償いになるのか分からないけれど、私はあなたと同じ道を辿るわ。
「成美・・・」
同じ苦しみを、分かち合うわ。
だから、天国で、また会いましょう。
二人なら、寂しくないわ。
「・・・・・・」
しかし、美桜の身体を触手が貫くことはなかった。
架陰が全力でそれを斬っていたからだ。
触手が空中に弧を描いて吹き飛ぶ。血が、雨のように降り注いだ。
「なんで・・・」
架陰は血まみれの身体で美桜の前にいた。あの距離を跳躍してきたというのか。
「なんで、目を瞑ってんだよ・・・」
架陰は先程までとは打って変わって、美桜が後ずさる程威厳のある声で言った。力を込めたせいか、架陰の腹から、さらに血が吹き出した。
「なんで?」
美桜は困惑した。
「なんで、私を護るんですか?」
私は、生きてはいけない人間なんだ。
友達も護れず、更には逃げ出した。
その罪を引き摺り、いつまでも暖かいご飯を食べてはいけない人間なのだ。
それなのに、このUMAハンターの少年の目が、叫んでいた。
「生きろよ」と。
架陰は次々と襲ってくる触手を斬りながら言った。
「クロナさんは言った!!『さっさと狩ればいい話よ』と、『時間の無駄』だと! 僕達に、被害者を救うことは出来ないと!! 」
「っ!」
「けど、違ったんだ!!」
架陰は気力を振り絞って触手を斬り裂いた。
肩が上下に動く。
「一生時間に取り残されたまま? 違う!! 少なくとも、君は違う!! 取り残されているんじゃない!! 前に進もうとしていないだけだ!! 」
架陰は自分の血で染まった手で、美桜の手を取って走り出した。
「死なせない!! 死なせるものか!! 自分の運命を受け止めて、涙を拭って!! 再び前を向いて歩き出すまでっ! 僕が絶対に死なせない!!」
その③に続く
その③に続く




