【第89話】 名刀・黒葉月 その①
新緑の中夢見るは
寒風の雪山
降り積もる雪の下の
枯葉の息吹
1
スフィンクス・グリドールは、内心ため息をついた。
確かに自分は、【四天王】の称号を得るUMAハンターだ。
しかし、あまり戦闘は好きではないのだ。
戦えば確かにUMAの素材が手に入り、自分の研究に身が入る。しかし、そこそこのUMAであれば自分が戦場に出向かなくても簡単に手に入る。
戦いなんて、動くことなんて、白衣が汚れるだけだ。酸素を無駄に消費して、地球の二酸化炭素を増やすだけだ。
汗をかいて、無駄に塩化ナトリウムを摂取しなければならなくなるだけだ。
(ほんと、めんどくさい・・・)
スフィンクス・グリドールは、身を転じて鉄平と葉月の同時攻撃をいなした。
「残念。全部見えてます」
軽くあしらう。
「くそ!!」
少し小突いただけで、鉄平と葉月は、バランスを崩してよろめいた。
「まだまだっ!!!」
鉄平は、完全に頭に血が昇っている。
顔を真っ赤にさせて、獣のように襲いかかってくる。握った鉄棍の一振一振に、【殺意】を乗せてくる。
対して、百合班の葉月は、どうだ?
「はあっ!!」
一応、掛け声と共に、あの黒い刀を振ってくる。しかし、鉄平のものと比べればやはり殺意が乗り切っていないように思えた。
まるで、牽制のような・・・、陽動のような・・・。
「へえ・・・」
スフィンクス・グリドールは、二人の攻撃を、白衣を翻して躱した。
そして、身を捩ったそのままの勢いで、鉄平の鉄棍を掴む。
投げ飛ばす。
「おわああっ!!」
いとも簡単に吹き飛ばされた鉄平は、後方に控えていた山田に受け止められた。
直ぐに、スフィンクス・グリドールは、葉月の方を仕留めにかかる。
「やあ、お嬢さん」
にこやかに近づくと、葉月はたまらず刀を振った。
「くっ!!」
スフィンクス・グリドールは、ニコニコと笑いながら躱していく。
「どうしたの? 【殺意】が乗り切っていないよ?」
「っ!!」
その言葉に、葉月は電流に触れたみたいに後退した。
スフィンクス・グリドールの実力があれば、後退先に先回りして逃げ場を無くすことができた。しかし、ここは、葉月の行動が気になってやめておく。
「君・・・、もしかして、なにか考えてる?」
「い、いえ・・・」
葉月は、冷や汗混じりに首を横に振った。
その挙動に隠された【嘘】を、スフィンクス・グリドールは見逃さなかった。
(なるほど・・・、この子・・・、何かを画策していたみたいだね・・・)
となると、先程の殺意のこもっていない攻撃は全て【陽動】。
これから起こそうとした行動への布石だったというわけだ。
(おもしろい)
逆上して、がむしゃらに攻撃を仕掛けてくる鉄平よりも、底が見えない計画を実行しようとしている葉月に、俄然興味が湧いたスフィンクス・グリドールだった。
スフィンクス・グリドールは、静かに地面を蹴って、葉月との間合いを詰めた。
彼女が反応出来ぬまま、キスをしそうなくらいに顔を近づける。
そして、衝撃発言を口にした。
「君、生理が来てるでしょ?」
「はっ?」
葉月の顔がサッと青ざめた。
「な、なんで・・・!!」
「言っただろ? 『全部見えている』って・・・」
葉月は、反射的に着物の裾を押さえた。
スフィンクス・グリドールは、「ああ、違う違う」と首を横に振って、【葉月の着物の中身を見た】という疑惑を否定した。
「分かるんだよ。僕は科学者だからね。臭い、汗のかきかた、そして・・・、この【目】。これさえあれば、全部を見ることができる。なんなら、君の卵巣から卵子が出る瞬間だって当てて見せようか?」
「っ!!」
葉月は、頬を紅潮させた。
直ぐにでも、この男の減らず口を叩こうと刀を握りしめるが、そこはぐっと我慢する。
そして、後退した。
「・・・・・・」
「なるほどね・・・」
スフィンクス・グリドールは、独り合点する。
「やっぱり、君、なにか仕掛けようとしたでしょ?」
あれだけ接近していたというのに、感情が怒りで高ぶっていたというのに、刀を振らなかった。
振っても無駄だということがわかっていたのか、それとも、【振れば全てが無駄になる】ということがわかっていたのか。
(まあ、どちらにせよ、この子がどう動くか、だな・・・)
その瞬間、背後に気配を感じた。
「全部、見えている」
スフィンクス・グリドールは、振り返ることなく、身体を右に傾けた。
鉄平が振り下ろした鉄棍は空を切り、地面に叩きつけられた。
ボンッ!! と、土煙が舞う。
「くそ!! また外した!!」
「いい加減学習したらどうだい? 君の攻撃は全部見えてるんだよ・・・」
「だったら、これも見えてますか?」
葉月が、そうやって口を開いた。
(ああ、もう、やるしかないわ・・・)
地面に、自分の黒い刀を突き刺した。
「名刀・【黒葉月】・・・、能力、発動!!」
その②に続く
その②に続く




