第14話 架陰VS吸血樹 その①
生きることが罪ならば
死ぬことは償いになるのでしょうか
1
架陰は美桜のもとへ駆け出した。
「美桜さん! 一度離れましょう!!」
10分前に「自分が吸血樹を倒す」と言っていた架陰でも、奇襲を受けて対応する自信は無かった。
美桜の手を取る。
「!」
酷く、冷たく、震えている。
「早く!」
驚いている暇も、彼女を励ましている暇も無かった。ただ、無我夢中で彼女の手を引っ張り、公園の敷地外に出ようとした。。
(コンクリートの上なら、吸血樹は襲ってこないはずだ!)
あと一歩で公園から出られる。
踏み込んだ足に、微弱な浮遊感がまとわりついた。
(足元からっ、 来る!)
「美桜さんっ!!」
「きゃっ!」
架陰に突き飛ばされた美桜は道路に転がった。
その瞬間、架陰の足元で地面が粉塵を上げて爆発する。
「くっ!」
架陰は咄嗟に前傾になって、地面から槍のように飛び出した触手を躱した。
「来たな!」
半歩後ろに吸血樹の触手。
腰の刀に手をかける。
カチリと刀を抜き、振り向い様に一閃した。
手応えあり。
枝の形をした触手は、一刀両断となった。
「よし!」
切断された触手は、地面に落ちてバタバタと魚のように跳ねる。やはり、植物ではないと見た。
「美桜さん!」
架陰も公園の敷地を出ると、地面に蹲る美桜の脇腹に腕を回し、無理矢理に起こした。
「ごめん、乱暴に扱って・・・」
「いえ、大丈夫です」
美桜は架陰の目をしっかりと見て頷いたが、左脚から血が流れていた。
「走れる?」
「・・・・・・走れます 」
走れるなら安心だ。
「よし、じゃあ君は逃げて!」
架陰は美桜の背中を優しく押して、ここから走って逃げるように促した。
美桜は、少しキョトンとした。
架陰は公園の敷地を見る。
「僕は、ここで吸血樹を引き受けなければならない」
ここで美桜と逃げてしまっては、再び吸血樹を取り逃すことになるかもしれない。それだけは避けたい。
つまり、吸血樹をどこにも行かせないためには、架陰がここで吸血樹と戦わなければならないのだ。
「早く走って!」
響也の話によると、吸血樹はどこからともなく触手を出してくる。
(しっかりと殺気を感知して! 反応してやる!)
架陰は刀を構えた。コンクリートの上なら安全だ。
危なくなれば、避難すればいい。
そう高を括っていた。
架陰の予想は大きく裏切られる。
「!?」
架陰の足元のコンクリートに、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。メコリッ、バキッ! と何かが盛り上がってくる。
「嘘だろ!?」
架陰は咄嗟に飛び退いた。
コンクリートが粉砕する。吹き飛んだ破片が架陰と美桜の身体に散弾銃のように打ち付ける。
「くっ!」
飛び出してきた触手を、架陰はすんでのところで斬り落とした。
「こっちだ!」
「・・・」
架陰は美桜の手を取って走り出した。
(完全に予想が外れた!!)
まさか、吸血樹はコンクリートの下からでも出現できるとは思ってもいなかった。
コンクリートを突き破れるほどの威力なら、殺傷能力も格段に跳ね上がる。
着物の袖からトランシーバーを取り出す。無我夢中で通信ボタンを押していた。
「こちら架陰です!! 吸血樹に遭遇しました! 応援お願いします!!」
取り敢えず、クロナ達の援軍を頼むしかない。
だが、肝心な時に相手からの応答は無い。繋がっているかどうかも怪しかった。
「誰でもいいから出てくださいよォ!!」
とにかく走る。走って作戦を練るのだ。
しかし、直線の路地を走っていると、前方10メートル先の地面に亀裂が入った。
(もう追いつかれて!?)
いや、追い越された。
ドンッ!! とコンクリートが粉砕し、触手が槍の如く飛び出す。狙うは、架陰。
「くっ!」
架陰は美桜を背後に回すと、刀の刃で受け止める。
ギイイインッ!と刀が鳴いた。
(まずい、刀は横の力に弱い!)
直ぐに身体を反転させ、触手の勢いを後ろに逃がす。そして、すかさず一撃を加える。
「よし!」
触手は両断され、パタリと地面の上に落ちた。ビチビチと跳ねた後、動かなくなる。
(血が抜けていく・・・)
血溜まりが広がっていくのを見ながら、架陰は次の襲撃に備えた。とりあえず、この血溜まりで足を取られないようにしなければならない。
「美桜さん・・・」
架陰はボソリと言った。
「絶対に、僕の傍から離れないでください・・・」
吸血樹を引き受けると言っていたが、状況が変わった。今、ここで美桜を逃がすと、今度は美桜が狙われる。
(けど、僕にできるのか?)
架陰の握る刀が重くなった気がした。
足元が揺らぐ。緊張と、吸血樹の襲撃。
「はっ!」
架陰は飛び退く。案の定、触手が飛び出した。
「っ! さっきよりも、太い!!」
先程架陰が両断した触手が直径10センチ程のものが、今度はその3倍。
30センチの太い触手が襲いかかる。
見た目から判断できる、この触手は・・・。
「!?」
ヒュンッ!! と空気が鳴いた。その瞬間、架陰の身体は5メートル上空に吹き飛ばされていた。
(強い!)
架陰は身を捩って着地する。
だが、護るべき美桜から距離を取ってしまった。直ぐに間合いを詰めようとしたが、それよりも先に触手が美桜を襲った。
「間に合え!!」
架陰はさらに強く踏み込んだ。
刀を振り上げていては時間のロスとなる。今は0.1秒が惜しい。
より速く。
その一点に力を集中させる。
「突く!!」
架陰はフェンシングのような体勢で刀を放った。鋒が、吸血樹の触手を貫く。
「からのぉ!!」
貫いた刃の部分を支点にして、架陰は上へ地面を蹴った。必然的に、架陰の身体が観覧車のゴンドラのように空間に円を描く。
「斬る!!」
架陰の重みに耐えかねた触手はスパンと切断された。
サッと地面に着地する。
架陰は再び美桜の手を取った。
「行こう!」
走る。
どろりとしたものが、架陰の首筋を伝った。
(どうして?)
確かに、架陰は美桜を護ると決意した。
だが、美桜にも美桜自身を護ってもらわないといけない。
もしあの時架陰の刀が届いていなければ、美桜は死んでいた。だが、美桜は悲鳴をあげることも、逃げようとすることもしなかった。
さらに言えば、今もこうやって架陰が美桜の手を取って走らないと、美桜は走ろうとしない。
(まさか・・・)
いや、そんなはずはない。
(美桜さん・・・、君は・・・)
架陰は走りながら、冷や汗を拭った。
(死ぬことを、望んでいるんじゃないか?)
その②に続く
その②に続く




