第3話 死体を喰む
前回までのあらすじ
UMAハンターになるため、架陰は桜班総司令官のアクアと戦う。アクアの【水】の能力に苦戦するも、何とか勝つことに成功する。
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祝福のムードが去ると、架陰はアクアとクロナに連れられ、会議室のホワイトボードの前に座っていた。
「これはなんですか?」
何が始まるのか分からず、困惑する。
「お勉強の時間ね」アクアは、いつの間にか黒縁の眼鏡をかけ、クイッと押し上げた。「今から、UMAハンターとしての任務と、組織の仕組みについて説明するわ」
状況についていけず、返事に困る架陰を他所に、アクアはホワイトボードにスラスラと文字を書き綴った。
「『UMAハンター』とは、その名の通り、『未確認生物』の討伐、捕獲をする仕事よ。全員、『未確認生物研究局SANA』の局員という扱いを受けるわ」
「SANA・・・ですか」
「ええ、そこから、各地区を管轄、管理する『班』というものに分けられ、配属された地区で、UMAを退治するの」
そこまで書いて、アクアは手を止めた。架陰の隣に立つクロナを指さす。
「では、我々の班の名前は?」
「桜班です」
「That's Right」アクアはネイティブの発音で言った。「この近くだと、隣町の『椿班』とか、『薔薇班』とかがあるけど、我々は、『桜班』と呼ばれているわ」
アクアは、ゴホンと咳払いをして、ホワイトボードに「SANAの歴史」と書いた。
「SANAは、約40年前にアメリカで設立された『UMA研究機関』のことよ」
「40年前・・・」
歴史の長さに、架陰は驚嘆した。そんな昔から、UMAハンターは存在したのか。
「なぜそんなものが設立されたかって言うと、当時から、世界中で雪男やツチノコだとか、未確認生物の目撃情報が増加したから。中には、人間に被害が及ぶものもあり、30年前に、『UMA討伐部隊』が設置された」
「UMA、討伐部隊?」
「ええ、当時研究が進められていた、『能力者』のみで構成されたの」
まただ。またアクアの口から、【能力者】という単語が飛び出た。
架陰は恐る恐る手を挙げた。
「さっきも思ったんですけど、『能力者』ってなんですか?」
「その名の通り、『異能を持った人』のことよ。人間にも、UMAのように、突然変異で奇妙な力・・・、超能力を持つ人がいたのよね」
「じゃあ、アクアさんの操っていた水は・・・」
「ええ、これが私の能力、【水】よ。手から水を発生させ、半径10メートル以内の水分なら、自在に操れるの」
まるでSFのような話だ。
架陰は軽い頭痛さえ覚えた。だが、実際にアクアが水を操っているところを見た架陰は、信じざるを得なかった。
ふと、クロナの方に目をやる。
「クロナさんも、『能力者』ですか?」
「はっ?」
ただ質問しただけなのに、クロナはギロっと架陰を睨みつけた。
架陰が戸惑っていると、横からアクアが説明をした。
「アクアは能力者ではないわ」
「ん? どういうことですか?」
先程アクアは、「UMA討伐部隊は能力者で構成されている」と言ったはずだが。しかし、クロナが能力者ではないということには思い当たる節もある。鬼蜘蛛との戦いで、彼女は日本刀1本で戦い、それを失った時は、戦力が大幅に落ちていた。
クロナの方を見るが、クロナはそっぽを向いたままだ。
「戦いの中でも言ったように、能力者の素質を持っている者は千人に一人。それを能力として発現されているのは、更に千人に一人よ。発現の条件として、『命の危機に直面した時』、『UMAと出会った時』、『心情に大きな変化があった時』などが挙げられるわね」
「『UMAと出会った時』って、クロナさんは鬼蜘蛛というUMAと戦っていましたよね?」
それに、命の危機にだって直面したはずだ。
「人の話は最後まで聞こうよ」アクアは、人差し指を唇に当てた。「それはあくまで10年前の話しよ」
「10年前?」
架陰は首を傾げた。
アクアは水性ペンを置くと、架陰にぬうっと顔を近づけた。声を押し殺して言う。
「覚えてないかしら? 10年前に起こった目次録の再臨を」
「もくじ、ろくの、さいりん?」
ますます意味がわからない。
「まあ、SANA本部を、あるUMAが襲撃した事件なんだけど、SANAは甚大な被害を受けたのよ。UMAは、あるUMAハンター達が倒したけれど、その時、UMAの怨念とも言えるウイルスが世界中に蔓延したわ」
その話は聞いたことがある。確か、人間以外の生物の突然変異を促すウイルスで、結果として、UMAが大量に発生する。
10年前と言ったら、架陰は7歳か。言われてみれば、そんな出来事があったようななかったような。
「そのウイルスは、『DVLウイルス』と呼ばれているわ。世間一般には、『人間以外の生物の突然変異を促す』と政府によって公表されているんだけど、DVLウイルスには、もうひとつ効果があるの」
アクアの声が潜まる。
無知な架陰も、段々と事の予想がついてきた。
「DVLウイルスは、能力者になりうる人間の力を封じるの。つまり、『目次録の再臨』以前に能力開花していた私は、『水』の能力が使えるけど、能力開花していなかったクロナは、ウイルスに感染し、たとえ素質があったとしても、能力を使えないのよ」
想像していた道理のことだった。
「でも・・・」架陰は思ったことを口にした。「能力を失うってことは、UMAとの戦いに、圧倒的に不利になるってことですよね」
「ええ。だから、能力者ではない人間がUMAハンターになっても、UMAを倒せず、犠牲者が生まれ続ける日々もあったわ」
アクアの能力攻撃を身をもって受けた架陰だから、能力がいかにUMAと戦う上での恩恵になることは想像がついた。
だから、能力を失った人間が、どう言った結論に至るのか、想像がついた。
ゆっくりと口を開く。
「だから、武器を持ったんですね」
「正解よ」
アクアはニヤリと笑って頷いた。
「無力に成り下がった人間は、武器を持つことを覚えた。政府は、SANAに武器の製造を認め、SANAは対UMA用の武器を生産した」
そう言って、アクアは、架陰が先程まで持っていた日本刀を鞘から抜き、刀身を翳した。
白く、「SANA」という刻印が刻まれていた。
「この刻印がSANAの武器であるという証拠ね。この刻印があるから、私たちは、銃刀法違反を咎められないようになっているの」
ちなみに私のメリケンサックにもあるのよ。と言いながら、アクアは刀を鞘に収めた。そして、その刀を架陰に放り投げる。
「うわっ!」
架陰は慌てて受け止めた。
「何を!?」
「プレゼントよ」
「えっ?」
架陰は口をぽかんと開けたまま、手に握られた日本刀に目を落とした。朴の木の温かみのある材質に漆が万遍に塗られ、黒光する鞘が、手に吸い付くような重厚感を高める。
鳥肌が立った。
抜けば、白銀の刃がギラりと光る。架陰の手の中で、一匹の龍が息巻いているようだった。
素人目で見ても、かなりの業物だ。
「ありがとうございます」
「それで、UMAをどんどん狩りなさい」
「は、はい!」
満ち溢れるやる気に、架陰は声を張り上げた。こんなに活き活きとした返事をしたのは久しぶり、いや、初めてだ。本当に自分が発したのかと思うと、あとから恥ずかしさが込み上げた。
「・・・・・・」
そんな架陰の様子を、最後まで声を出すことがなかったクロナは、不満げに眺めていた。
2
「私、納得いきません」
架陰が帰宅してしばらくした時、地下修練場の更に地下にある、『総司令官室』に入って行ったクロナは、アクアにそう言った。
「何が?」
総司令官の為だけに造られたこの室内で、アクアは、ソファの上でファッション誌を眺めながら、重厚な机越しにクロナに尋ねる。
「あいつに、刀を渡した事ですよ!」
アクアは、「ああ・・・」と言ってファッション誌から顔を上げた。
「どこがおかしいの?」
「刀は、私の専門分野ですよ! それを2人も・・・。刀装備が二人もいると、戦闘時の連携が・・・」
「もう一本あるじゃない」
間髪入れずに、アクアの鋭い声がクロナを射った。
「えっ?」
「架陰の、あんな初心者武器じゃなくて、あなたはもっと凄い刀を持っているじゃない。アレなら、近接じゃなくて、遠隔にも対応出来ると思うのだけど?」
クロナは、何も言わなかった。ただ、逸る鼓動と吹き出す冷や汗を必死で抑えようとした。
「どうしたの?」と言われて、我に返る。
「いえ・・・」クロナは首を横に振った。「あいつが刀を使うのなら、私は銃を使います。以前、SANAから支給された『W・Bullet』がありましたよね。あれを使いますよ」
「そう」
アクアはつまらなそうに、またファッション誌に視線を落とした。何かを思い出したのか、また顔を上げる。
「ひとまず、4人揃ったけど、このままだとまともに戦えないわよ」
「分かってますよ」
クロナは、体がむず痒くなるのを感じながら頷いた。そして、総司令官室を出た。
不安材料は山ほどあった。3席の自分に何とかする自信はない。架陰という戦力が手に入ったことは心強いことなのだが、彼が今後UMAとの戦いで活躍出来るのかも怪しかった。
そして、あの人達に耐えられるのか?
十分悩んだが、結局答えらしいものは見つからない。ひとまず、桜班を構成するUMAハンターたちの名前を、名簿に記しておいた。
班長『鈴白響也』
副班長『城之内カレン』
第3席『雨宮黒奈』
そして、
下っ端『市原架陰』
と、記入。
これで完璧だ。
基本、UMAハントはチーム戦だ。どんなUMAであろうと、最低4人で出撃しなければならない。
それなのに、なぜあの時、クロナは一人で鬼蜘蛛の討伐に向かったのか。
この『桜班』には、ある欠点が存在していた。
架陰は思ったよりも常識人だ。きっと、これからUMAハンターとしての仕事をしていく中で、その欠点に気づくだろう。
その時、彼の心はどう動くのか。
クロナにとって、それが1番の心配でもあった。
3
黒塗りの霊柩車が、道路を走っていた。中には、これからあの世へと向かう遺体が乗っている。
車を運転する初老の男性には、この遺体が生前どんな人生を歩んだのか、知る由もなかった。だが、残された者たちは、ハンカチを目に当て、すすり泣くのを見た。
きっと、誰かの涙になるくらい、素晴らしい人生を送ったのだ。
大丈夫。この人はきっと、私が焼き場まで、いや、天国までお連れしますよ。
男性は心の中でそう呟いた。
しかし。
「!?」
その時、霊柩車の車体が大きく揺れた。驚きのあまり、ハンドル操作を誤る。
「うっ!」
気づいた時には、道路脇のガードレールが目の前にまで迫っていた。
ブレーキを踏む。劈くような音が響き、車体を大きな衝撃が襲う。身体が前に引っ張られ、ハンドルに額をぶつける。背骨から腰にかけての骨が軋んだ。
ガードレールを大きく歪めて、霊柩車は停まった。
「な、なんだ?」
運転手は顔を上げた。目と目の間を血がつたう。どうやら額を割ってしまったようだ。身体が重い。
ガツン、ガツンと、上から音がする。まるで、ヒールで屋根の上を歩いているような音だ。
霊柩車の事故に気づいた通りすがりの車が数台、路肩に停車し、中から運転手達が降りてくる。
皆、霊柩車に乗っていた男性を助けようとしているのだが、霊柩車の上に乗っているものをもた瞬間、青ざめて立ち止まった。
「おい、あれはなんだ?」
「鳥?」
「鶴か?」
男性は未知の恐怖に、身体が冷や汗をかくのを感じた。一体、何がこの車の上に乗っているのか!?
その瞬間、霊柩車の鉄の屋根が、バキバキと音を立てて剥がされた。
「!?」
金属片やブラスチック片、断熱素材などが頭に降り注ぐ。そこで初めて、霊柩車を運転していた男性は、その姿を見た。
「ああっ!!」
そこには、巨大な鳥がいたのだ。鶴のような小さく鋭い嘴をもち、コウモリのような血管の浮いた翼を4メートル程広げている。体毛は持たず、爬虫類質の青い皮膚が、呼吸の度に伸縮した。
それを別の生き物で例えるなら、プテラノドンと言ったところだろうか。
巨大な鳥は、運転手に目もくれず、積んでいた棺桶を見つけると、満足気に「クルクルクルっ!」とひと鳴きした。勢いよく嘴を棺桶に突き刺し、蓋を破壊する。
中から、年老いた女性の遺体が顔を見せた。その遺体にも、巨大鳥は嘴を突き刺す。
「あっ、・・・、ああ!!」
運転手は、巨大鳥がしようとしていることに気づいた。だが、恐怖のあまり身体が動かない。顔も、背けられない。
ただ、遺体が巨大鳥に食べられているのを見ていた。
「あああああああああああぁぁぁっっ!!」
しばらくすると、巨大鳥は、原型を留めず肉の塊となった遺体を嘴で咥えた。飛び去るために、軽くしたのだ。
「グルルルルルアアアアッッ!!!!!!」
4メートルの翼を仰ぐ。突風が巻き起こり、辺りの破片や砂を吹き飛ばした。砂が運転手の目に入り、彼は目を閉じた。
「くっ!」
再び目を開けた時には、巨大鳥も、自分が先程まで運んでいた遺体も消え、ただ、自分の周りを取り囲む野次馬が一斉にカメラを空へと向けていた。
UMA・No.02【ローペン】
体長 4メートル
体重 35キロ
死体を主食とする巨大な鳥。姿形から、プテラノドンの生き残りだと言われる場合があるが、確証はない。DVLウイルスによって、何かの動物が突然変異したという説もある。
続
次回 第4話『ローペンの風』
お楽しみに!