【第88話】 その男悪魔につき その①
鋭利な刃では人は殺せず
呪詛を従え君を殺す
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(ああ、やっちゃった・・・)
スフィンクス・グリドールに刀を向けた後、葉月は後悔に襲われた。
いくら、内臓を破裂させられた鉄平を護るためとは言え、煙幕で視界を封じて、スフィンクス・グリドールの手の腹に傷を付けたのだ。
こうするしか手はなかったものの、やはり罪悪感が押し寄せてくる。
スフィンクス・グリドールは、四天王の一人。つまり、SANAという組織の中で、四本の指に入る実力を持つと言うことなのだ。
(さて、どうしたものか・・・)
葉月は、黒い刃をスフィンクス・グリドールの喉元に突きつけたまま考えた。
今、一瞬でも油断すれば、葉月は殺られる。先程、鉄平がやられたように。
スフィンクス・グリドールは、手の腹から流れ落ちる血液をべろりと舐めた。
「うん、いい鉄の味だ。最近動いていなかったから、酸素が少し足りていないな・・・」
「・・・・・・!!」
葉月背筋に冷たいものが走った。
スフィンクス・グリドールは、刀を向けられていても笑顔を絶やさない。
「おや? 何を慌てているのかな?」
「い、いえ・・・」
「大丈夫。怖がらなくていい。まあ、【恐怖】ってのは、人間の防衛本能から来るものだから、別に恥じる必要はないんだけど・・・」
そう言うと、スフィンクス・グリドールは、葉月の刀の刃を素手で握った。
ぐっと力を込めた瞬間、彼の手の防御創が裂けて、血が滲む。
「血が流れるということは、生きている証拠だよ? 僕は、生きていることを実感することが何より楽しい・・・」
そして、こう続けた。
「さあ、どうする? 君は僕には勝てない。このまま刀を引いて逃げるかい? まあ、逃げたら追いかけて意識を刈り取るだけ。立ち向かってきたなら、意識を刈り取るだけ・・・」
「っ!!」
結局、この男は、鉄平も葉月も、やるつもりだった。
ゾッとして、本能的に半歩下がった。
その瞬間、背後で鉄平の叫び声が響いた。
「伏せろ!! 葉月!!!」
ハッとして、しゃがみこむ。
葉月の頭上を、鉄平が投げた鉄棍が通り過ぎた。
槍投げの槍のように空気を割いて真っ直ぐに飛んで行ったそれは、スフィンクス・グリドールの額に直撃した。
ゴツッ!!
と鈍い音が響いたと思うと、スフィンクス・グリドールは、額から血を噴出させて仰け反っていた。
「はっ!」
葉月は、その一瞬の隙をついて後退した。
「鉄平さん!! 怪我、治ったんですか!?」
「あたぼうよ!!お前の【回復薬】のおかげだぜ!!!」
スフィンクス・グリドールは、ぐらりとバランスを崩し、地面に仰向けで倒れ込んだ。
彼の真っ白な白衣が飛び散った血液で赤く染まる。
「あの、殺したんですか?」
「んなわけねえだろ。あいつ、オレの殺気に気づいていながら、わざと躱さなかった・・・」
「じゃあ・・・」
「とにかく、逃げるぞ!!」
二人は踵を返して走り出した。
とにかく、あのスフィンクス・グリドールから距離を取らなければならない。
あいつは、別格なのだ。
二人が行ってしまった後、スフィンクス・グリドールは、おもむろに体を起こした。
割れた額からぼたぼたと血液が流れ落ちる。それを手で拭うと、また、べろりと舐めた。
「うーん。いい味だ。だけど、まだ足りないな・・・ 」
立ち上がり、砂埃が付いた白衣を払った。
「さてさて、鬼ごっこと行きますか・・・。僕はこれでも、子供の遊びが大好きなんだよ・・・」
そう言うと、白衣の袖をまくり、細くも引き締まった腕を露出させるスフィンクス・グリドール。
手刀をつくる。
そして、虚空に向かって振り下ろした。
「さよなら・・・」
その瞬間、振り下ろした手刀から、目には見えない衝撃波が巻き起こった。
目の前に立ち塞がる木々を一瞬にして吹き飛ばす。
砕けた木の幹の皮が飛び散り、砂煙が漂う。
「もう一発・・・」
スフィンクス・グリドールは、そう言って手刀を振る。
衝撃波が砂煙さえも吹き飛ばした。
視界が開ける。
そこには、走り出していたはずの鉄平と葉月が倒れ込んでいた。
「・・・、く、そ・・・」
「な、なんで・・・」
「ごめんね。これ、鬼ごっこじゃないね・・・」
スフィンクス・グリドールは、そう言ってニコリと笑うと、二人に歩み寄った。
その②に続く。
その②に続く




