獣 その③
豆が潰れた左手で
掴む熱砂のザラつきは
血液より凝固して
茫漠の時間を眺めている
3
「さあ、こっちへおいで。僕は回復薬を沢山持っているんだ。君が市原架陰について知っていることを全て教えてくれたら、治してあげる・・・。悪くない話だと思うんだが? 君に失うものはないだろう?」
スフィンクス・グリドールは、口から血を吐き出す鉄平に向かってそう提案した。
「おいで・・・」
その証拠に、白衣の内ポケットから透明の液体が入った注射器を取り出す。
鉄平の口の端をどろりと血が伝った。
「くそ、コノヤロウ・・・」
「鉄平さん!! 喋らないで!!」
葉月が鉄平を宥めるが、頭に血が登っている鉄平には聞こえていなかった。
自分の腹を殴り、胃袋を破裂させた男を睨む。
「てめぇ、なんのつもりだよ・・・、架陰の事が知りたいなら・・・、直接あいつに、会いに行けばいいだろうが・・・」
「そういうわけにはいかないんだよね」
スフィンクス・グリドールは肩を竦めた。
「そうだよ。君の言う通りだ。僕は市原架陰くんについて知りたい。だけと、あの子に直接聞く訳にはいかないんだ。少し・・・、複雑な事情があってね・・・」
「ふ、複雑な・・・、事情だと?」
「ああ、君にはわからない。とっても複雑な話だ・・・」
スフィンクス・グリドールは、ニヤッと笑った。その、いかにも【悪意】を貼り付けたような顔に辟易とした。
「くそ・・・、誰が・・・、言うかよ・・・」
鉄平は地面に手を着いて立ち上がろうとした。
俯いた拍子に、喉の奥に血反吐が込み上げ、びちゃびちゃと地面に滴った。
「はあ・・・、はあ・・・、はあ・・・」
「君、もうすぐ死ぬよ? さっさと回復薬を受けた方がいいんじゃない?」
「誰がてめぇに・・・」
ほとんどやけだった。
自分でもわかっている。意識が薄まり、平衡感覚が狂っている。放っておいたら死んでしまう状況だ。
スフィンクス・グリドールは、「市原架陰の情報をくれたら、回復薬を与える」と言っているのだ。ならば、素直にしたがって、生きながらえればいい。
だが、粗暴な性格の鉄平にとって、このニコニコと作ったような笑いを浮かべるスフィンクス・グリドールは、嫌悪の対象だった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
鉄平はムキになって、架陰のことを話そうとしなかった。
それを見て、スフィンクス・グリドールは深いため息をついた。
「すこし、手を誤ったようだね。君なら、命惜しさに話しているのかと思っていたよ・・・」
「そんな認識だったのかよ・・・、だったら、尚更言う訳にはいかねぇよな・・・」
「ああ、もういい」
スフィンクス・グリドールから笑顔が消えた。
目元に影が差す。
「とりあえず、回復薬打ち込んで、殺さない程度にいたぶっておこう・・・」
手刀を作り、鉄平へと切り込もうとした。
その瞬間、鉄平を支えていた葉月が、着物の袖から【煙玉】を取り出し、スフィンクス・グリドールに向かって投げた。
「っ!」
飛んできたそれを、手刀で払った。
その瞬間、割れた玉から白い煙が噴出して、スフィンクス・グリドールの視界を奪った。
「なに? 目くらましのつもり?」
煙の中、スフィンクス・グリドールは至って冷静。
手刀を作り直し、真っ白の視界に向かって一閃した。
ギンッ!!!!!
スフィンクス・グリドールが何か硬いものにぶつかって止まった。
「・・・!!」
手の腹に、鋭い痛み。次の瞬間には、じわりと血が流れ落ちていた。
煙が晴れる。
目の前に、葉月がいた。
葉月は、スフィンクス・グリドールが一閃しようとした手刀を、真剣で受け止めていたのだ。
スフィンクス・グリドールは、黒い刃に切り裂かれた手を引いた。
「おや、百合班の四席ちゃんじゃないか。どうしたんだい? 君も、市原架陰くんについて知っているのかい?」
「いえ、知りません・・・」
そこははっきりと首を横に振る。
「じゃあ、そこをどいてくれないか? 僕は、鉄平くんに用があるんだよ・・・」
「はい、ですが・・・、明らかに今のはやりすぎです・・・」
「へえ・・・」
スフィンクス・グリドールは、葉月の華奢な肩越しに、鉄平が倒れていた所を見た。
鉄平は、よろよろと立ち上がり、鉄棍を拾い上げている。
「・・・・・・っ!!」
「気が付きましたか?」
葉月は黒い刀の鋒をスフィンクス・グリドールの喉元に向けた。
「鉄平さんには、私の【回復薬】の、【百合】を飲ませました。そのうちに全快しますよ・・・?」
スフィンクス・グリドールは、してやられた。とでも言いたげに肩を竦めた。
「はは。まさか、君が鉄平くんに手を貸すとはね・・・」
手の腹の傷から流れ落ちる血液をべろりと舐めた。
「うん。鉄の味。最近動いていなかったから、血圧はそこそこ。酸素が少し足りていないな・・・」
「・・・・・・!?」
そして、葉月と鉄平を交互に見た。、
「じゃあ、嫌でも言わせてあげるよ。【市原架陰】についてね・・・」
第88話に続く
第88話 に続く




