【第87話】 獣 その①
獣の牙を抜く
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「んで、なんの用だよ・・・」
鉄平は、右手に握った鉄棍で肩を叩きながら、突如現れたスフィンクス・グリドールに向かって歩み寄った。
四天王・・・、スフィンクス・グリドール。
彼は、近づいてくる鉄平を見て、「へえ」と興味ありげに頷いた。
「驚いた。四天王の僕が現れたってのに、臆していないんだね」
「あん? 臆するも何も、オレはてめぇの強さなんて知らないからなぁ」
どんどん歩み寄る鉄平の肩を、葉月は掴んで引き止めていた。
「あの!! 待ってください!!」
「ああ?」
鉄平は怪訝な顔で振り返る。
「なんだお前。そんなに真っ青になっちまって」
「なりますよ!!」
スフィンクス・グリドールを見た。
「あの人・・・、四天王ですよ!? 私たちよりずっと偉い人ですよ!!」
「んなこたわかってるよ」
鉄平は、葉月の手を払い除けた。
「別に喧嘩するわけじゃねえだろ。それに、偉いやつが来たのに、挨拶もせずにしっぽ巻いて逃げるわけにはいかねーだろ」
そう言って葉月を黙らせると、ズカズカとスフィンクス・グリドールに向かって歩いていく。
確かに、喧嘩をするわけではない。実際、鉄平からも、スフィンクス・グリドールからも、殺気のようなピリピリとしたものは感じられなかった。
スフィンクス・グリドールは、相変わらずニコニコと笑っている。
「君、面白いね。僕に近づいてこれるなんて・・・」
「近づかなきゃ話ができねーだろ」
鉄平は、スフィンクス・グリドールの目の前に立ち塞がった。
鉄平は確かに長身だったが、スフィンクス・グリドールはその上を遥かに行く、二メートルもの巨体。
その厳つい体格に似合わず、スフィンクス・グリドールは、優しげな笑みを浮かべた。
「こんにちは。君は、椿班の班長・・・、【堂島鉄平】くんだよね?」
「ああ」
別に隠す必要は無い。
「いやぁ、会いたかったよ」
スフィンクス・グリドールは、張り付くような笑顔のまま、鉄平に手を伸ばした。
鉄平は、流れに沿うまま、その手を握り返す。
「椿班の活躍はよく聞くよ。いつも頑張っているね。ご苦労さま」
「いや、別に・・・」
鉄平は、人の手を握りしめて、上下にブンブンと振るスフィンクス・グリドールを稀有な目で見た。
(この男・・・、ただの外国人か?)
「それより、スフィンクスさん」
「何かな?」
「ここで、何やっているんですか?」
そういうと、スフィンクス・グリドールは、「ああ、しまった!!」と、重大なことを思い出したかのように指を鳴らした。
「そうだ。そうだそうだ!! 危うく、ここに来た理由を忘れるところだったよ」
その瞬間、スフィンクス・グリドールは、静かに鉄平の腕を伸ばし、鷲掴みにした。
「え?」
鉄平が間抜けな声をあげた瞬間、彼の見ていた世界が逆転した。
ブオン!!
と、耳元で風を斬る音がしたかと思うと、彼の身体は投げ飛ばされ、木の幹に叩きつけられていた。
「がはっ!!」
「いやぁ、思い出した。思い出した・・・」
スフィンクス・グリドールは、手を叩いて埃を払うと、白衣のポケットからゴム手袋を取り出し、手にはめた。
「そうだ。僕は、戦いに来ていたんだっけな・・・」
「た、戦い?」
葉月は、腰の刀に手をかけたまま後ずさる。
やっぱりだ。
やっぱり、何か仕掛けてきた。
身構える葉月に、スフィンクス・グリドールは、「ああ、落ち着いて」と宥める。
「大丈夫。すぐには倒さないから。もう少し、遊ばせてもらうよ」
「あ、そぶ?」
「ああ、遊びだよ・・・」
スフィンクス・グリドールは、革靴で荒れた地面を踏みしめ、木の根元の下でぐったりとする鉄平に歩み寄った。
「とりあえず。まずは君からだ。椿班、班長の【堂島鉄平】くん・・・」
「て、てめぇ・・・!!」
鉄平は、ギロッと、スフィンクス・グリドールを睨んだ。
「ぶっ殺す!!!」
手元に落ちていた鉄棍を拾い上げ、獣のような唸り声を上げてスフィンクス・グリドールに切り込んだ。
「いいね!!」
スフィンクス・グリドールは、半歩身を引くと、鉄平の鉄棍を素手で受け止める。
「でも、もう少し落ち着け。僕は戦いに来ると同時に、人体実験にも来たんだ・・・」
そして、鉄棍諸共、鉄平を投げ飛ばす。
「・・・さあ、一から十まで教えてもらうよ。君の親友である、【市原架陰】くんについて・・・」
その②に続く
その②に続く




