葉月と鉄平 その②
夜に奏でる
脊椎のクラッキングを
2
「おら、降りてこいよ!」
鉄平に促されるままに、木の上に潜んでいた葉月は飛び降りた。一応、着物の裾は押さえて、土埃を払う。
自分の視線と同じ高さに葉月が来たことに満足した鉄平は、「それでなんだが」と話し始めた。
「おまえ、市原架陰を知らないか?」
「いちはらかいん?」
何処かで聞いたことがある名前。
しかし、記憶を辿っても該当する人物の顔と名前は見つからなかった。
素直に「すみません、分かりません」と答える。
すると、鉄平は剣幕を変えて葉月に詰め寄った。
「お前っ!! 本当に架陰を知らないのかっ!!」
「ええ、はい・・・」
ライオンよりも鋭い鉄平の眼光に、葉月は思わず引き下がった。
鉄平は、「やれやれ」と言いたげに肩を竦め、深いため息を吐いた。
「お前・・・、市原架陰を知らないってことはな、息の仕方を知らないってことと同じだぜ?」
「はあ・・・」
そう言われても。
というか、知らないものは知らないんだ。
「まあ、UMAハンターの名前だということは分かりますけど・・・、どんな人なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた」
なんか、目が光った。
「市原架陰ってのは、つい最近、桜班に入った新人のUMAハンターだよ」
「新人?」
そこで、葉月の頭の中に、ビリリと電流が走った。
何処かで聞いたことがあると思ったが、やはり、桜班のことか。
鉄平は、続ける。
「そして、オレの親友!!」
「親友・・・」
意外だな。と思った。
椿班のメンバーは、とにかく素行が悪い。他の班にも突っかかるという話をよく聞いた。
そんな荒くれ者のイメージがある椿班の班長が、まさか他の班の人間を【親友】だと呼ぶとは。
「へえ、そうですか」
としか言いようがない。
大体、会って間もないこの男の親友の話など、知る由もないし、知りたくもない。
だが、鉄平は熱心に市原架陰のことについて語る。
「架陰は、すごいやつだぜ。一人でローペンを殺った。一人で、バンイップを殺った。一人で吸血樹を殺ったんだ」
「え、それはすごい」
そんな反応をすると、鉄平はますますつけ上がり、架陰の話をした。
そして、ご機嫌な顔で笑うと、葉月の背中をバシバシと叩いた。
「お前、気が合うなぁ!!」
「あは、そうですかぁ?」
内心、気があってたまるか。って感じだ。
だが、この状況、悪くない。
葉月は、生唾を飲み込み、腰紐に差した刀の柄をそっと掴んだ。
この男、もしかしたら、馬鹿なのかもしれない。
ポイントに飢えているUMAハンター達が蔓延るこの戦場で、他の班に対してここまで無警戒とは。
(隙を突けば・・・、とれる・・・!!!)
鉄平は、葉月の着物の袖を引いた。
「よし!! じゃあ、一緒に架陰を探しに行こうぜ!! お前に、あいつの顔を拝ませてやるよ!!」
「あ、はい。そうですね」
この男。やはり、ただの馬鹿かもしれない。
普通、敵のハンターと行動を共にするわけがないだろう。背後を襲われて終わりだ。
だが、鉄平は、臆することなく葉月に背中を見せて向かっていく。
今なら、殺れる。
葉月は、そう胸に、腰の刀の柄に手をかけた。
がら空きの鉄平の背中。
今なら、この刀を振るだけで、鉄平は戦闘不能だ。
(行ける・・・!!!)
と思ったのだが、手が動かなかった。
指先がピクピクと痙攣している。
(・・・、さすがに、こんなに簡単じゃないよね)
なんて言ったって、鉄平は椿班の【班長】だ。つまり、四席の葉月よりも遥かに格上。
力比べで勝てないということはわかっていても、やはり、こういう奇襲をかければ、直ぐに反応されて返り討ち。という未来が浮かぶ。
(怖い!!)
ただ単純にそれだった。
さっきだってそうだ。葉月は、確実に気配を消していた。
だが、鉄平は、いとも簡単に葉月の居場所を特定したのだ。
もし、今刀を振ったとして、殺気が鉄平に勘づかれでもしたら。
(返り討ちにあう!!)
そう考えと、ガタガタと足が震えた。
なんて言ったって、椿班の班長【堂島鉄平】だ。あのむき出しの鉄棍で、肉塊になるまでたさ殴られるに決まっている。
「・・・・・・」
「ん? 何やってんだ?」
鉄平が怪訝な顔で振り返った。
「ほら、行こうぜ。どうせこの辺りにはUMAはいねーんだ」
「あ、はい・・・」
葉月はできるだけ、鉄平の背後をついて行った。
先程から何体かのUMAを倒してきた鉄平は、肩こりをほぐすかのように首を回した。
「いやー、よかったよ。さっきからずっと一人で迷っててなぁ。真子も八坂もいねぇし・・・、UMAの相手を一人でやるのも骨が折れるんだ」
「そ、そうですか・・・」
葉月の頬から、冷や汗が流れ落ちる。
(この状況・・・、まずくない?)
その③に続く
その③に続く




