【第86話】 葉月と鉄平 その①
生前聖者乃大蛇
尻尾喰って巻いて
因果応報の輪廻也
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着物の袖に隠したトランシーバーが音を立てたので、女は取り出してメッセージを確認した。
「・・・・・・ふむ・・・」
受信したメッセージを見てこくりと頷く。
液晶には、ドットの冷たい文字で、こう書かれていた。
百合班・班長・【香久山桜】脱落。
「あちゃー、桜さんもやられちゃったかあ・・・」
女は、対して慌てた様子は無く、髪の毛をかきあげた。
「私が最後になっちゃったよ・・・」
手入れの行き届いたツヤのある黒髪。イタズラっぽく光る切れ長の目。唇には瑞々しい紅が差され、肌は透き通るように白い。
そして、身に纏う着物は赤基調で、黄金の刺繍が施されていた。
「とりあえず、ポイント稼ぎ頑張りますか・・・」
彼女の名前は、【篠川葉月】。
百合班の、四席である。
「さてと・・・」
葉月は、腰帯に差した刀の感触を確かめながら、辺りに意識を巡らせた。
葉月が待機していた場所は、木々が鬱蒼と生え揃う密林。
歩けば、サクサクと足元で落ち葉が砕ける。木の幹に絡まった、蔦の青々しい匂いが鼻をくすぐった。
「ずっとここにいるけど、なかなか人が来ないのよねぇ・・・」
百合班をハンターフェスの優勝に導くためには、やはり、人間・・・、つまり、UMAハンターを襲って高ポイントを稼ぐ必要がある。
しかし、こうも見通しの悪い場所では、UMAハンター一人として見つけることが出来ていなかった。
「吸血樹は倒したけど、それっきりね・・・」
葉月は、めんどくさくなって頭をかいた。
手頃な木の幹にもたれかかる。
「この中で、一番戦果をあげていないの、私だけじゃないかしら」
百合班・班長【香久山桜】・・・脱落。
百合班・副班長【狂華】・・・脱落。
百合班・三席【三島凛花】・・・脱落。
彼らは脱落したものの、かなりの戦績を上げている。
特に、班長の香久山は、三人ものUMAハンター達を仕留めてきたのだ。
「私はゼロ・・・」
香久山のことだから、葉月が誰一人として仕留められなくても文句は言わないだろう。
しかし、上司を慕っている葉月としては、彼女の期待に沿えないことは心が痛かった。
「仕方ない・・・、そろそろ行くか・・・」
背中を幹から引き剥がす。
その時だった。
「架陰ンンンンンンンンンッッ!!! どこだあっっっ!!!!!」
「は?」
男の声が、こちらに近づいてくる。
「どうしよう・・・」
葉月は、とりあえず跳躍して、木の枝の上に乗っかり、息を潜めた。
ザッザッと、振り積もった落ち葉を踏みしめながら、一人の男がやってきた。
全身赤スーツ。
細身ながら、引き締まった身体。右手には鉄の棒を握りしめている。
目は獣のようにぎらついて、少し話しかけただけで命を奪いに来そうな風貌をしていた。
(あれは・・・、椿班!!)
木の上から様子を伺う葉月の背筋に冷たいものが走った。
椿班。
UMAハンターの中ではかなり有名な班だ。
荒くれ者の集団。特に、班長が元孤児院を出た不良。
打撃武器を使用した戦闘により、敵の肉が潰れるまで殴り、捕獲したUMAの状態を最悪にする。
まさに、研究者殺しの班。
(・・・ってことは、あの男は、【班長】の、【堂島鉄平】ってことよね・・・)
間違いない。
鉄棍を持っているし、目はギラギラしてるし。
(どうしよっかなぁ・・・)
鉄平は、枝の上に潜む葉月には気づいていない。今なら奇襲をかけられるかもしれない。
しかし、相手は格上の【班長】。
(逆に返り討ちに遭わないかなあ・・・)
考えていても仕方がなかった。
自分だけ、まだポイントを取れていない。その焦りが、葉月の背中を強く押した。
(私の刀の能力は・・・、この森の中で力を発揮するからね・・・)
飛び降りようとした。
その瞬間、「架陰!!」と叫びながらあちらこちらを走り回っていた鉄平が振り向く。
そして、獣のような瞳を、枝の上の葉月に向けた。
「っ!!」
気づかれた。
奇襲失敗だ。
失敗を自覚した葉月は、体をビクリと硬直させた。
鉄平は、木の上に百合班の女が潜んでいることに気がつくと、「おい!!」と叫んだ。
そして、奇襲を返す。
というわけではなく。
「そこのお前!! 架陰を知らねぇか?」
市原架陰の居場所を尋ねた。
てっきりやられると思っていた葉月は、「ふえ?」と間抜けな声をあげた。
「か、架陰?」
「ああ、そうだよ!! 市原架陰だよ!!ほら、桜班の!!」
「し、知りません・・・」
まさか、この男・・・、自分を襲うつもりがないのか?
ガクガクと答える葉月に、鉄平は顔を顰めた。
「おい!! 聞こえねえよ。そこから降りてこい!! それに、パンツ見えてるぞ!!」
「あ、はい」
葉月は、慌てて着物の裾を抑えると、鉄平の方へと飛び降りるのだった。
その②に続く
その②に続く




