四天王動く その②
提灯下げて歩く畦道
横たわる黒い影を踏みつけて
天神が通り過ぎるのを横目に
夕立の香りを漂わせている
2
「やあ、お嬢さん」
その飄々とした声が、狂華の首筋に張り付いた。
まるで、濡れた雑巾を押し当てられたかのように、背中に冷たいものが走り、狂華の頬から冷や汗を流させた。
狂華は、油の切れたロボットのようにぎこちない動きで振り返る。
そこには、男が立っていた。
外国人特有の金色の瞳に、白銀の髪の毛。2メートル近くはある長身に、白衣を身にまとっていた。
四天王の一人、【スフィンクス・グリドール】だった。
「し、四天王・・・!!」
狂華は、反射的に後ずさった。
スフィンクス・グリドールは、笑みを顔に貼り付けて、狂華に近づく。
「あれぇ? どうして、ここに【悪魔の堕慧児】がいるのかなぁ?」
「っ!!」
狂華の瞳は金色に染まり、頭からは狐の耳。腰から、着物を突き破ってもふもふとした尻尾が生えていた。
まさに、人外の姿。【悪魔の堕慧児】だった。
「・・・・・・・・・」
「僕の話、聞いてる?」
スフィンクス・グリドールは、狂華に詰め寄る。
「人間とUMAの力を得た者・・・、つまり、【悪魔の堕慧児】と呼ばれる集団が暴れ回っていると聞く。君のその姿・・・、明らかに、悪魔の堕慧児だよね?」
「・・・・・・」
狂華の頭の中が真っ白になった。
(ど、どうする!?)
そうだ。狂華は、【悪魔の堕慧児】の一人。本来なら、UMAハンターによる討伐の対象なのだ。
仕方がないじゃないか。
狂華は、元々UMAハンターだった。そして、UMAハンターとして活動をしているときに、あの【DVLウイルス】に感染してしまったのだ。
DVLウイルスは、突然変異を促す恐ろしいウイルス。
狂華の身体はみるみるうちに突然変異を起こしていき、人外へと変貌していった。
その変貌を止めるために、狂華は、悪魔の堕慧児になるための手術を受けた。そして、人間とUMAの姿を切り替えることに成功したのだ。
本来、悪魔の堕慧児になった者は、悪魔の堕慧児として生きなければならない。たとえ、どれだけ幸せな人生を送っていようが、全て捨てなければならなかった。
しかし、UMAハンターとしての自分を捨てることが出来なかった狂華は、特別な許可を得て【スパイ】として、百合班に留まったのだ。
(まずいわね・・・)
狂華が、百合班に潜入していることがバレた。
しかも、SANAの中で最強格の【スフィンクス・グリドール】にバレたのだ。
「ねえ、答えてよ」
スフィンクス・グリドールは、ニコニコと微笑みながら、狂華に近づく。
「君は、ここで何してるの?」
「それは、こっちのセリフよ・・・」
押しつぶされるような圧の中、狂華は声を絞り出した。
「どうして、主催者側が、この戦場に出てきているのよ・・・」
「いいじゃないか。僕は主催者だよ? 主催者がルールを決めて、主催者が勝者を決める。僕は、この大会の中じゃ、神のような存在なんだから・・・」
「・・・・・・」
スフィンクス・グリドールから、冷たい殺気が放たれた。
「さあ、答えてよ。君は、どうして、ここにいるの・・・?」
「くっ!!」
やるしかない。
狂華は、白くなった手のひらを、目の前の四天王に向けた。
「【幻影】!!!」
手のひらから、白い煙が放たれた。
狂華の能力【妲己】は、相手に幻覚を見せることができる。
幻影は完璧だ。
ひとたび放てば、敵の視界を侵し、どんなものでも見せることができる。
狂華がスフィンクス・グリドールに見せた幻覚は、「地獄」だった。
スフィンクス・グリドールを中心とする地面に亀裂が入り、灼熱のマグマが飛び出す。
空からガーゴイルが襲ってきて、彼の肉を食いちぎろうとする。
全て幻覚だ。大したことは無い。だが、視覚を使って戦っている者は、本能的に反応してしまう。
「今のうちに!!」
狂華は、スフィンクスが幻覚を見ている間に、地面を強く蹴って逃げようとした。
スフィンクス・グリドールは、幻影に見せられていた。
「おや、これはすごいね・・・」
かなり精密な幻覚。
辺りが炎に包まれ、狂華の姿が掻き消える。
「だけど、甘いね・・・」
スフィンクス・グリドールは、幻影の炎に囲まれながら、白衣の袖をたくしあげて、手刀を作った。
「僕の能力は、こんなふうにヤワじゃない」
その瞬間、虚空に向かって一閃した。
ザンッ!!
背中を向けて駆けていた狂華の背中に、一文字の赤い傷が走った。
「がはっ!!」
その③に続く
その③に続く




