【第85話】 四天王動く その①
生きたくば
眼球を差し出せ
心臓を食わせろ
足を置いていけ
死にたければ
五体満足で逝け
1
(今だ!!)
クロナは確信した。
勝利を確信した。
黒い翼を稼働させて、香久山桜の身体を空中へと打ち上げた。
いくら高い身体能力を持っていようが、空中では体勢を整えるのが関の山。
(今なら!! 行ける!!!!)
このクロナの神速の居合から放たれる、無数の黒羽は、防ぎ切ることは出来ない。
「【明鳥黒破斬】!!!」
クロナが黒鴉を一閃する。
虚空に黒い亀裂が走り、そこから、無数の硬質化した羽が放たれる。
ドドドドドドッッ!!と、空気を鳴かせながら、それは、空中の香久山桜に迫った。
「しまった!!」
香久山桜は直ぐに体勢を整え、迫る黒羽に向かった。
空中では、起動を変えることは出来ない。
ならば、香久山に残された道は、「迎え撃つ」ことのみ。
「はあっ!!」
全身全霊を込めて、薙刀【ソメイヨシノ】を振った。
高速の斬撃が、クロナの明鳥黒破斬を叩き落としていく。
しかし、いくら香久山でも、無数のそれを全てたたき落とすことは出来なかった。
「うぐっ!!」
薙刀の斬撃の隙間を抜けた黒羽が、香久山桜の身体中に突き刺さった。
着物を突き破り、肉にくい込む。
「がはっ!!」
痛みのあまり、視界に火花が弾けた。
ガクッと身体の力が抜ける。
そして、白目を向いた香久山桜は、そのまま地面へと墜落した。
ドサッと鈍い音が響き、土煙が立ち込める。
クロナは離れた場所から身構えた。
(起き上がるか・・・!?)
土煙が晴れる。
そこには、戦闘不能になった香久山桜が、仰向けになって横たわっていた。
身体中に黒羽が刺さった香久山桜は、一言。
「負けたわ・・・ 」
かなりのダメージを負ってしまった。
クロナの明鳥黒破斬は、一撃一撃の威力は弱いが、叩き落とせなかったら、無数の一撃を食らうことになる。
香久山の敗因はそれだった。
「降参降参」
香久山は血まみれの手をあげた。握っていた薙刀がポロリと落ちる。
「・・・、桜班の子よね? おいで」
「あ、はい」
もう香久山に抵抗する意思がないと悟ったクロナは、刀を鞘に収めて駆け寄った。
近づいてきて、自分の近くにしゃがみこんできたクロナの頬を、香久山は優しく撫でた。
「すごいわね。驕るつもりはなかったけど、まさか三席に負けるとは思わなかったわ・・・」
「い、いえ・・・」
そこでようやく自覚した。
自分は、百合班の班長に勝利したのだと。
(やば・・・!! 百合班の面目丸つぶれじゃない!)
恨まれると思ったクロナは、直ぐにその場から離れたい気持ちでいっぱいになった。
クロナの予想とは裏腹に、香久山桜は、子犬を愛でるかのような目をクロナに向けた。
「いきなり襲ってごめんなさいね」
「あ、いや、こちらこそ、乱暴なことを・・・」
「いいの」
香久山桜は一呼吸置いて言った。
「わかっているからね。この【ハンターフェス】の恐ろしさが・・・」
「え・・・?」
「桜班は初めての参加でしょ?」
「あ、はい」
「百合班は、去年も参加しているのよ」
その意味を理解して、クロナは唾を飲み込んだ。
正直に言って、この【UMAハンターの実力向上】をコンセプトとした大会は、「異常」だった。
肝心のUMAが思ったよりも少ない。
そして、【人間は10ポイント】という、謎の裏ルール。
このルールのせいで、UMAそっちのけでUMAハンター達が争う事態となっているのだ。
「あの・・・」
クロナは恐る恐る聞いていた。
「去年も、こんな感じだったんですか?」
「いや、去年はもう少し優しかったわ。まだ裏ルールが浸透していなかったからね・・・。だけど、ルールに気づいた者たちは、問答無用でUMAハンターを襲っていたわ・・・」
香久山桜は、キリッと顔を強ばらせた。
「これからまだ戦い続けるあなたに言っておくわ」
「クロナです。雨宮、クロナです」
「クロナちゃんね。クロナちゃん。気をつけなさいよ」
「気をつける?」
「ええ。このハンターフェスの恐ろしさは、UMAハンター同士が戦うことだけじゃない・・・」
「え?」
香久山桜は、周りに人がいないことを確認してから、声を押し殺して言った。
「【スフィンクス・グリドール】が潜んでいる・・・」
「スフィンクス・グリドール?」
一瞬、頭の中に「?」マークが浮かんだ。
どこかで聞いたことがある名前・・・。
「四天王よ」
「ああ、そうか、四天王か!」
スフィンクス・グリドール・・・。
UMAハンターたちの頂点に君臨する【四天王】の中で、【多聞天】の称号を得る男だ。
その男が主催した大会こそが、この【ハンターフェス】。
「気をつけなさいよ」
香久山桜は、念を押して言った。
「この大会の全てが、スフィンクス・グリドールの【人体実験】なんだから・・・」
その②に続く
その②に続く




