第13話 トラウマ その③
私は貴方になれないけれど
貴方の心の拠り所になりたい
4
「僕が吸血樹を倒す」
架陰ははっきりと宣言した。
居ても立ってもいられない。
架陰はコーヒーを一気に飲み干し、ソーサーに戻す。勢いよく置いたせいか、少し大きな音が立った。
「ありがとう、美桜さん。とても貴重な話だったよ」
足元からバットケースと巾着袋を拾い上げた。そして、直ぐに美桜に別れを告げて出ていこうとする。
「じゃあ、また!」
「えっ!? 待ってください!!」
弾丸のように動き出す架陰を、美桜が慌てて止めた。
「どこへ行くんですか!?」
「どこって・・・、吸血樹を倒しに行くんだ! もうこれ以上、奴をこの街にのさばらせてはいけないから・・・」
ぐっと拳を握りしめる架陰。そこには、何がなんでも吸血樹を仕留めるという気迫があった。
だが、空回りをしようとしているのは美桜の目から見ても分かった。
思わず、美桜は架陰の学ランの袖にしがみつく。
「わ、私も、行きます!」
5
吸血樹を倒すと言っても、吸血樹を見つけださなければ意味が無い。
だが、響也の話を初めとする様々な情報から、【出現条件】の目処はたっていた。
「吸血樹は地面の上に出現する!」
「そうですね・・・」
「吸血樹は枯れ木に扮して獲物を誘う!」
「そうですね・・・」
吸血樹についての推理を熱弁する架陰の半歩後ろで、美桜はこくこくと頷いた。
半歩後ろである。
路地を行く人が、架陰の格好を見て何か言いたげな顔をする。わかる。どうせ「コスプレイヤー?」の類だろう。
たとえこれが戦闘着だろうと、昼間から着物を身に纏う架陰は異色だった。
(恥ずかしい・・・)
勢いで架陰について行くと言ったものの、架陰がこんな侍のような格好をするとは思わなかった。
幸い架陰の羽織が大きいので、その後ろに隠れるようにして、道行く人の視線を躱した。
突然、目的地に辿り着いた架陰が立ち止まった。美桜は危うく架陰にぶつかりそうになる。
「ここだね。成美さんが襲われた場所は・・・」
「そ、そうですね」
美桜はズレた赤ふちメガネを直した。
警察による操作は終わっているものの、まだ公園の門には「keepout」の黄色テープが貼られている。吸血樹対策という意味も持っているのだろう。
それをくぐって、二人は公園の敷地内に足を踏み入れた。
「!」
その瞬間、架陰のおかげで和みかけていた美桜の感情が総毛立つ。
恐怖が地面から蔓を伸ばして美桜の足に絡み付く。悲しみが足裏から根を張る。
ここは、自分が友人を見殺しにした場所。
(ごめんなさい・・・)
美桜は目を閉じて、ここにはいない友人に謝った。
なかなか動けない美桜に気づかず、架陰は敷地の奥へと突き進む。
一度は来た場所だが、クロナがいるといないとでは、大きな違いだ。
空気が緊迫する。まるで、巨大な化け物の腹の中に飲み込まれたようだ。
(穴・・・)
吸血樹が出入りしたと思われる地面の穴がまだ残っている
架陰はしゃがみこむと、恐る恐る穴に手を入れた。さすがに、パクッといかれることはないだろうが、やはり怖かった。
穴は底に手が届かないくらい深い。
(んっ、なんだ、この感触・・・)
穴の側面を撫でていると、ざらついた感触の中に、別のザラつきがあることに気づいた。
思い切って爪で引っ掻いてみる。
手を取り出すと、指先に血が滲んでいた。
「うわ、やっちゃった・・・」
架陰は一瞬、「自分が手を切った」のだと思い込んだ。だが、痛みは無い。
「あれ?」
別の人の血? それとも・・・。
不思議に思った架陰は、ポケットから閃光玉を取り出して、穴めがけて投げ入れる。
穴の中が白い光で照らされた。
「どうだ?」
何かがパクッとしないと分かったら怖がるものは無い。架陰は、穴に顔を突っ込んで、その側面にあったものを確認した。
「あれ、穴の側面から、血が滲んでる?」
円柱状に掘られた穴の側面から、まるで擦りむいたあとのように血が滲んでいたのだ。
ざらついていると感じていたのは、一部が凝固しているからのようだ。だが、そのほとんどが、液体として穴の底にポタポタと落ちていた。
「掘ってみるか・・・」
架陰は手頃の石ころを拾い上げると、それで穴の側面を掘り始める。
血が滲んでいる部分に少し石の尖端を入れるだけで、「中に何が埋まっているのか」確認することが出来た。
「これは・・・」
架陰はさらに石ころで穴を掘った。埋まったものを、周りの壁を壊すという強引な手段で引っ張り出す。
「よし、行けた!」
架陰の手に握られて出てきたもの。それは、木の枝・・・、いや、吸血樹の触手だった。と言っても、既に自切されているので襲っては来ない。本当に、ただの木の枝に見える。
架陰は血が滲み出ている吸血樹の置き土産をまじまじと眺めた。
「どうして、こんなに時間が経っているのに、固まっていないんだ?」
架陰はそっと触手の切れ端を地面に置いた。いつまでも持っていると、手が真っ赤に染まってしまう。
架陰はみるみる血が流れ落ちてくる触手を見ながら考えた。
(おそらく、この触手によって吸血されるのだろうけど、何故、吸血した血液が固まっていないんだ?)
クロナや響也が言っていた【エネルギー説】を思い出す。
「だけど、エネルギーにするだけじゃ、血液は固めなくても済む話じゃないのか?」
架陰はそっと地面に広がっていく血溜まりに触れた。やはり、サラサラだ。今しがた人の体内から出てきたように・・・。
(ん、待てよ・・・)
架陰はあることに気がついた。
(もし、吸血樹が、『そういう』体質なら・・・)
その時だ。
熟考がまとまらぬうちに、架陰は地面からせり上がってくる『殺気』を感じ取った。
「!?」
来る。
奴が来る。
近づいてきている。
地面を掘り、突き進む。家やコンクリート塀の標的を乗り越えて、何かが、近づいてきている。
「美桜さん!?」
どれだけ恐怖を感じようとも、架陰は真っ先に美桜の方を振り向いた。
公園の入口近くで放心していた美桜の肩がビクリと跳ねる。
「え!?」
架陰の感じた気配は察知していないようだ。だが、この一言で彼女も異変に気づく。
どんな異変かと聞かれれば、答えに困るところだ。強いて言うなら、まるで、四方八方を目玉の形をした監視カメラに見られている。そんな感覚。つまり、「なんか嫌だ」。
(っ! いきなりか!?)
架陰は腰に差した刀の柄を握った。
架陰と吸血樹の長い長い悪夢の戦いが始まろうとしていた。
14話に続く
クロナ「アクアさん、架陰のやつ見てません?」
アクア「見たわよ。私に美桜って女の子の住所を聞いてきたわ」
クロナ「あの野郎・・・、また勝手な単独行動を・・・」
アクア「あら、ああいうものは単独行動じゃないの?」
クロナ「総司令官が何を言っているんですか? 危険が迫っているんですよ? 単独行動は命取りです。常に、団体で!」
アクア「あーら、クロナもそんなことを言う年になったのね」
クロナ「さっきから会話が噛み合っていない気がするんですけど?」
アクア「架陰が、美桜って女の子の家に夜這いをかけに行くんでしょ? だから、私も『気をつけてね』って・・・」
クロナ「・・・・・・・・・、あいつ、下衆ですね」
アクア「結局架陰が悪者ね」
クロナ「次回、第14話『架陰VS吸血樹』!」
アクア「ふふ・・・」
クロナ「気持ち悪い・・・」




