【第84話】 八咫烏 その①
明朝に目覚めるは黒鴉
電線に止まり地平線の輪郭を眺める
日輪に向かうは八咫烏
雲に爪を立てて太平洋の海流を眺める
1
クロナには、兄がいる。
【雨宮黒真】という名前だ。
クロナに似たつややかな黒髪を持ち、切れ長ながら、瞳は黒曜石のように穏やかな光を宿している。
高身長で、身体の線は細い。戦闘面では、不利な身体付きだったが、それを補うように体術と居合を極めた彼の動きは、「熟練」と呼ぶのに相応しかった。
そんな彼も、十年前の【白蛇】との戦いで、クロナの目の前で命を落としている。
その兄の【能力】を、クロナは一度だけ見たことがあった。
迫り来る白蛇からクロナを護る際、背中から、鴉のような漆黒の翼を生やし、地面を滑るように羽ばたくと、クロナを抱えて一瞬で空へと飛び立ったのだ。
その能力こそ、【黒翼】。
※
「・・・、って、あれ?」
クロナは自分の背中に生えた、その黒い翼を見た時、目を丸くして首を傾げた。
「何・・・、これ?」
生えている。
自分の背中・・・、大体、肩甲骨辺りから二枚の対象の翼が生えている。
その翼は、クロナの意思でパタパタと動く。その拍子に、数枚の羽が落ちてきた。
クロナは混乱したまま、香久山の方を見た。
「なにこれ!?」
縋るような視線に、クロナへ攻撃しようと構えていた香久山桜もたじろぐ。
「何って・・・、それは、能力よ・・・」
「能力!?」
クロナは改めて、自分の背中に生えた翼を見た。
「これが能力っ!?」
生えている。
やはり、生えている。
何度見ても、生えている。
クロナの背中から、黒い翼。
「ど、どどどど、どういうことですか!?」
「いや、私も知らないわよ」
香久山桜は、一旦薙刀を引くと、クロナに近づいた。
「あなた、能力者だったの?」
「いや、違いますよ。だって、DVLウイルスに感染しているんですもん」
そうだ。
クロナは、DVLウイルスに感染している。それはつまり、能力者としての可能性を失っているということだ。
だが、例外はある。
DVLウイルス。は、つまり「デビルウイルス」。架陰の精神の中に住み着いている【悪魔】が生み出したものだ。
悪魔の許可さえあれば、架陰の能力【魔影】や、響也の能力【死神】のように、DVLウイルスを媒体とした【能力】を発動させることが出来るのだ。
つまり。
※
「おわっ!!」
場面は移り変わる。
いきなり架陰が叫んだので、架陰と行動を共にしていた、薔薇班班長の【城之内花蓮】は振り返った。
「あの、どうされました?」
「い、いや、なんでもないです」
架陰は誤魔化す。
しかし、その周りには、架陰の身体から発生した【魔影】がふよふよと蠢いていた。
架陰は、精神の中の【悪魔】と【ジョセフ】に語りかけていた。
「すみません・・・、また勝手に魔影が発動したんですけど?」
ジョセフが答えた。
「ああ、すまない。それは、恐らく、もう一人の女の子が【能力】に目覚めたからだよ」
「え、それってまさか・・・」
「ああ。雨宮クロナのことだよ」
※
場面は戻る。
「えーと、どうしましょう・・・」
クロナは恐る恐る立ち上がった。
目の前に対峙するのは、百合班班長【香久山桜】。
「戦い、続けますか?」
「・・・・・・」
香久山桜も、微妙な表情だった。
完全に戦いの流れが切れてしまっていた。
クロナは辺りを見渡す。
真子と、桐谷が肩から血を流して倒れている。完全に【戦闘不能】の状態だ。
「一応・・・、あの子たちの敵討ち・・・、していいですか?」
「ええ、大丈夫よ・・・」
香久山桜無理やり頷くと、地面を蹴って後退。
そして、改めて薙刀を構え直した。
「一応言っておくわ。私は敵だけど、あなたのことを憎いと思っているわけじゃないわ。ハンターフェスで優勝するためにも、こうやってポイントを稼ぐ必要があるの」
「はい、わかっています」
クロナも、背中に翼を生やした状態で刀を構える。
よく分からないが、自分は能力に覚醒した。
この能力がどれだけの力を発揮するのか、香久山桜で試すのにはちょうどいい。
「行きますよ!!」
クロナは地面を強く踏み込んだ。
一瞬で決める。
得意の踏み込みと居合の速さで、香久山桜が反応するよりも先に、彼女の意識を刈り取りに向かうのだ。
「はあっ!!」
次の瞬間、クロナは香久山桜の横を通り過ぎて、草むらに顔面から突っ込んでいた。
「ふえっ!?」
スピードを落とすことが出来ず、地面にスライディング。
土煙が舞った。
「う、うう・・・」
顔を押さえて立ち上がった。
振り返ると、香久山桜が挙っとした顔でこちらを見ていた。
「あなた・・・、速くない?」
その②に続く
その②に続く




