百合の逆襲 その③
手鏡に覗く生命線
溝に流れ込むインク
樹木の枝の如く
我が死は近く
3
百合班の二人を、煙玉で撒いたクロナと真子と桐谷は、振り向くことなく、全力で駆けていた。
桐谷は走りながらクロナを睨む。
「おい!! なんで邪魔をしたんだよ!!」
「分かるでしょうが!! あの人達は、班長と副班長よ!! 勝算が少ないに決まっているでしょう!!」
「このやろ!オレの手にかかれば、あんな奴ら串刺しにしてやんよ!!」
「じゃあ、今すぐ引き返して戦いに行けば? 私の真子ちゃんは、架陰を探すから!!」
「嫌だよ。オレも市原架陰を探してるんだよ!!」
「わがままか!!」
とにかく、少しでも遠くに逃げようと、三人は地面を蹴る。
隊列の一番後ろで様子を伺っていた真子が、不意に口を開いた。
「すみませんっス!! なんか来ましたっス!」
「なんか?」
ここでようやく、クロナと桐谷は、首を回して振り返った。
ふわっと、風に流れて飛んできた桜の花びらが、三人の頬を掠めた。
「これは・・・、桜の花びら?」
間違いない。これは、桜の花びらだった。
薄紅の、少し湿り気を持った花。
(なにこれ・・・)
桜の花びらは、風が吹くままに三人に押し寄せる。
異常なのはその量だ。
最初はまだ風情がある散り方だったが、やがて、雪原に来たかのように、大量の花びらが辺りを舞い始めた。
「これは・・・?」
ようやく異変に気がついた三人は、立ち止まって、背中合わせに構えた。
大量に舞う桜の花びら。
旋回して、うねり、三人を取り囲んだ。
目の前の視界が、一瞬にして白く染まった。
「なんだこれ!?」
桐谷もパニックを起こしている。
真子も、「桜の花びらに囲まれた!?」と、声を裏返していた。
「下がってて!!」
クロナは、半歩前に出ると、腰の刀を抜いた。
「行くよ!! 【名刀・黒鴉】!!!」
黒い柄紐か巻かれた柄を強く握りしめる。
すると、クロナの握力に反応して、漆黒の刃が小刻みに痙攣を始めた。
名刀・黒鴉は、「生きた武器」。刃にはUMA「黒鴉」の細胞が埋め込まれている。それは、柄から放たれる特殊電波によって、細胞分裂を開始する。
ザワザワと、刃の表面から、黒い毛が生えた。
それは、一瞬で成長して、一枚の翼へと変化した。
真子が興奮したように叫んだ。
「きたっ!!クロナ姐さんのとっておき!!」
初めて見る桐谷は、首を傾げた。
「なんだよ、あの武器は・・・」
クロナは、巨大な翼と化した刀を、横に一閃した。
「【明鳥黒破斬】!!!!」
ドドドドドドドドドドドッッッ!!!と、振り切った時の力で、翼を構成していた、無数の黒い羽根が、クロナの前方百八十度に向けて射出された。
散弾銃のごとき勢いで飛んだ羽は、三人を取り囲んでいた桜の花吹雪を消し飛ばした。
「よしっ!!」
視界が開け、元の、岩場の戦場へと戻る。
その瞬間、開けた空間の岩場から香久山が飛び出した。
「っ!?」
ギンッ!!!
振り下ろされた刃を、何とか受け止めるクロナ。
「くっ!! いつの間に!!」
「ごめんなさいね」
香久山桜は、一言謝ると、ぐっと体重をかけた。
その斬撃の重みに、踏ん張っているクロナの腰が少し落ちる。
(お、重い!!)
ピンチに陥ったクロナを、真子が真っ先に援護に入った。
「クロナ姐さん!!!」
左手に弓を握り、張り詰めた弦に矢をかける。
「【名弓・天照】!!!」
炎を纏った矢を、桜に向かって放った。
炎の矢は、空気を切り裂きながら桜に迫る。
「っ!!」
香久山桜は、クロナから刃を離すと、跳躍してそれを躱した。
(なるほどね・・・、あの子は、狙撃手なのね・・・)
これで、クロナ、桐谷、真子の三人の役割は分かった。
前線の切込隊長が、薔薇班の【桐谷】。
中距離での援護が、桜班の【雨宮クロナ】。
そして、弓を使った長距離狙撃が、椿班の【矢島真子】という訳だ。
「狂華!!!」
様子見が完了した香久山桜は、岩陰に控えさせていた部下を呼んだ。
狂華は、「はい!!」と返事をして、岩陰から飛び出す。
「行くわよ!!」
「はい! 桜さん!!」
香久山桜は、身の丈程の薙刀を構える。
「名刀・【ソメイヨシノ】!!」
狂華は、下駄の鼻緒を引く。すると、足裏から出刃包丁のような刃が飛び出した。
「【刃下駄】!!!」
臨戦態勢を整える二人を見て、クロナ達も腹を括る。
クロナは名刀・【黒鴉】を構える。
桐谷は、名剣【甲突剣】。
そして、真子は、名弓【天照】だ。
三対二。
百合班の逆襲が始まった。
第82話に続く
第82話に続く




