第13話 トラウマ その②
悲しみは僕のもの
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「成美・・・、について・・・!?」
美桜の黒い目が見開かれた。
架陰は頷いた。
「ああ、僕は、未確認生物研究機関、SANAより派遣された、UMAハンターなんだ。だから、君の友達を襲った犯人・・・、UMAを探している」
自己紹介の前半部分は、初めてクロナに出会った時の言葉をそのまま引用した。
改めて使ってみると、これでよく信じれたな・・・、と、クロナの言葉を信じた自分を感心に思う。
美桜は半開きの扉を閉めようとする。
「帰ってください」
「ああ、待って!!」
架陰は何とか足を挟み込み、それを阻止した。
「ごめん、ごめん、本当に怪しい者じゃないんだ!」
いや、十分怪しい者だな。
「本当に、君の友達を襲ったUMAを探したいんだ!」
隈のせいもあるが、美桜は架陰を怪訝な顔つきで見た。真一文字に結んだ口が、いかにも「この人と話したくない」と言っているようだ。
だが、この【不信感】に何かあると踏んだ。
「お願いだ。怪しいと思うならここで話そう。端から家に入れてもらう気は無い」
架陰はじっと美桜の疲弊しきった瞳を見つめた。
美桜も架陰を睨む。
数十秒の沈黙が舞い降りた。
「・・・・・・」
遠くで、カラスが鳴く。
「・・・・・・・・・」
踏切の降りる音がする。
「・・・・・・・・・・・・」
乾いた風が通り抜けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・、わかりました」
頑なに閉めようとしていた扉の力が緩まる。
架陰は安堵の息を吐くとともにお礼を言った。
「ありがとう」
早速、当時の状況を聞こうとする。
だが、架陰が口を開くよりも先に、美桜は扉を勢いよく閉めた。
「はっ?」
漏れたのは間抜けな声。
「えっ!? ちょっと!? 美桜さん!?」
架陰はどんどんと鉄扉を叩いた。わかりましたと言っておいて、この仕打ちは無いだろう。
扉越しに、美桜の声がした。
「すみません・・・、先に、着替えさせてください・・・」
「あっ、そうか・・・」
そう言えば、美桜はパジャマを着ていた気がする。これから話をすると言うのに、あの姿は確かに恥ずかしい。
そして、10分後・・・。
「お待たせしました」
扉が開いて、身なりを整えた美桜が顔を出す。目の隈は消えていないが、顔を洗い、髪を整え、制服に着替え、清潔感のある格好になっていた。
「どうぞ・・・、親は仕事に行っているので」
「お邪魔します」
架陰は肩を縮ませながら美桜の部屋に入った。今改めて考えると、これは女子高生の部屋だ。美桜が疑っていたのは、こういう部分もあるのかもしれない。
架陰はリビングのダイニングテーブルに腰を下ろした。足元に刀と着物を置く。
向かいに、美桜が座った。用意周到にも、湯気が立つコーヒーを差し出す。
「ありがとう・・・」
おそらく、着替えている途中にいれたのだろう。架陰は素直にコーヒーを受け取り、砂糖とミルクを入れて一口飲んだ。
いい豆を使っている。響也も、カフェインが取りたいならコーヒーを飲めばいいのに。と、ふと思う。
「よし、本題に移ろう・・・」
架陰は、花柄のデザインのコーヒーカップをソーサーに戻した。
「改めて聞くけど、君が、成美さんが、死の直前に電話をかけた相手だよね?」
美桜はコーヒーを一口啜り、頷いた。
「はい。『直前』と言ってしまえば、語弊があるのですが・・・」
「語弊?」
直前ではないと言うのか?
美桜は少し考える素振りを見せた。どう、言葉にして表現すべしか悩んでいるのだろう。
「成美から電話があったんです・・・、『変な木を見つけた』って・・・」
「木?」
吸血樹の事か。
「成美は結構、都市伝説とかオカルト好きだったので、すごく興奮した様子で、携帯に電話をしてきて・・・」
「どういう内容だったの?」
「成美が殺されていた場所・・・、あの公園は、成美の通学路の途中にあるんです。成美は、その公園に、『普段は見慣れない枯れ木が生えている』と言いました」
「それで、君はなんて言ったの?」
「『得体の知れないものには近づかない方がいい』って言ったんですけど、『ちょっと見てくる!』って、興奮した口調で言われ・・・、電話を切られました」
「そして、翌日、成美さんは・・・」
架陰は、クロナと見たあの無惨な成美の姿を思い出し、静かに声を震わせた。
すると、美桜は首を横に振った。
「いえ、その、違うんです・・・」
「違う?」
架陰は意味深な言葉に、思わず身を乗り出す。
美桜は何かを言おうと息を吸い込んだが、喉の奥から音が出てこない。肩を震わせる。そして、目が涙で潤み始めた。
「?」
架陰は、このような、何かに怯えた姿を最近見たことがあった。
(まるで、翔太くんと同じ・・・)
UMAを前にして、無力な自分と、死者を嘆く心。
美桜は、ようやく振り絞った。
「わたし、心配になって・・・、あの公園まで駆けて行ったんです・・・」
「あの、公園に、行った・・・?」
「は、はい・・・」
つまり、見たということか。自分の目で、自分の足で。
「見たんです。血を抜かれ、干からびて死んでいるところを・・・」
「っ・・・!」
架陰は目を伏せた。黒いコーヒーの水面に、自分の顔が映り込む。
友達の死体を、目の当たりにした・・・。
美桜が「ふふ」と笑った。自嘲に近い笑いだった。
「わたし、その後、どうしたと思います? 怖くて、逃げたんですよ・・・」
そして、長い黒髪をばさりと広げて、テーブルの上に突っ伏す。
涙でくぐもった声で、語る。
「友達が、苦しい思いをしたのに・・・、警察も、救急車も呼ばないで・・・、わたし、逃げたんだ・・・。ただ、成美を襲った化け物から、我が身可愛さに、逃げたんだ・・・」
「・・・・・・」
そうか、だから、ずっと部屋に閉じこもっていたのか。ずっと、自分に罪悪感を抱いていたのか・・・。
架陰は歯ぎしりをした。
UMAが我々に与えるもの。【命の消失】だけではない。まるで、地面に根を張ることで構成していた世界を、丸ごと、根こそぎ持っていかれるのだ。
【心の喪失】
彼女が悪いのではない。未知の恐怖を前にしては、逃げることも必須だろう。だが、その後に生じるのは、UMAによる虚構だ。
翔太もそうだ。そして、今架陰の目の前で泣いている少女もそうだ。
UMAの欺きの下に立っている。
「・・・・・」
架陰はそっと立ち上がった。
「やめてくれ。泣くのは」
静かに言った。
美桜はハッとして顔を上げる。目が、真っ赤だ。
「僕が、【吸血樹】を必ず、倒すから・・・、もう、自分を責めないでくれ」
その③に続く
その③に続く




