【第79話】 感染する時 その①
死神に呼ばれる
三十三番目の峠道
袖を引かれる
九つの子
墓より頭蓋を掘り出して
被り舞うのは我のことか
1
西原の瞳を見た時、響也は不覚にも「ああ、そうか・・・」と思っていた。
ああ、そうか。
西原のあの瞳。一点の曇りもない。まるで、凍てつく冬の山で、登ってくる朝日を見るような、神々しい光を宿している。
それはまさに、「覚悟」と形容していいものだった。
そこで、響也は理解する。
西原には、覚悟がある。猛々しい覚悟がある。あの瞳の奥に、何が映っているのかは分からないが、「何としてもカレンの秘密を護る」と言う、覚悟があった。
まるで、鋼。
打ち出して、打ち出して、打ち出して。
何度も、打ち出して、純度を高めた鋼だ。宝石のように光沢を持ち、しかし、美しさは捨ててきた鋼。
ただ、やってくる敵から身を守るため、カレンを守るために高めた、硬い鋼だ。
響也は、Death Scytheの刃を中段に構える。
西原も、仕込み杖から抜き出した直刀を構えた。
「ああ、響也様・・・」
西原も気づいた。
(この人の瞳も、本物だ・・・)
ありがたかった。
響也が、西原の意思に気づいてくれたのだ。
決して、悪意を持って響也を襲っているわけではない。ポイントを得ようなんて、強欲な意志のままに刃を振るっている訳では無い。
守りたいものがあるから、刃を振るう。
その事が、響也に理解されたのだ。
響也は、静かに言った。
「あんたの気持ちはよくわかった・・・、カレンのを守りたいって気持ちが、命を捧げてやるって覚悟が、伝わってきたよ・・・」
「ありがとうございます・・・」
二人の声が重なった。
「「だが!!!」」
二人は同時に地面を蹴り出した。
響也は、Death Scytheを両手で支え、上半身を捻って勢いを付ける。
「だけどなァっ!!カレンを守りたいのはお前だけじゃないんだよ!!」
西原の気持ちは理解出来た。
カレンには、何かがある。
その、「何か」の秘密を、守ろうとしているのだと、伝わってきた。
理解はできても、納得はいかない。
「私だって!! カレンを守りたいんだよ!!!」
響也は、西原に向かって、Death Scytheの鎌状の刃を振り下ろした。
西原の直刀と、衝突する。
ギンッ!!!
劈くような金属音。
弾ける火花。
歯を食いしばる響也。
目を見開き、充血した目で、立ちはだかる西原を見据える。
「いいか!! 私は、カレンが大好きなんだよ!! カレンのことを愛しているんだよ!!お前一人で、独占していいもんじゃねぇんだよ!!」
「わかってますとも!!」
西原の足が数センチ下がった。
強い。
力が、圧倒的に強くなった。
「ですが!! カレン様の秘密は、誰にも言ってはならない!! もちろん、カレン様の親友である、貴方にもだ!! 」
「親友なら!! カレンの苦しみくらい!! 一緒に分かち合うに決まってんだろ!!」
「なりません!!」
西原は、腕に力を込めて、響也の斬撃を弾いた。
よろめく響也。
西原も、斬撃を弾くのに精神を集中させたせいで、追撃が出来なかった。
「くっ!!」
響也は、素早く切り返して、西原に襲いかかった。
「カレンの秘密!! 洗いざらい吐いてもらうぞ!!」
「無理です!!」
西原は、パチンッ!!と指を鳴らした。
頭に血が登っている響也だ。
結界で斬撃を防ぐのは容易かった。
目の前に現れた結界を躱す事が出来ず、響也は、 思いきり顔面をぶつけていた。
ゴツン、と鈍い音が響く。
響也の視界が赤くなった。
顔を仰け反らせると、鼻から血が噴出する。
「くっそ!!」
「響也様!! 失礼します!!」
西原は、無防備になった響也へと刃を向けた。
寄り添う。ということは、「話を聞く」ということとは違う。
カレン様は、腫れ物なのだ。
決して治ることがない腫れ物だ。
親から捨てられ、地下牢で酷い目にあい、精神が崩壊してしまった腫れ物。
治らない。
だが、触れれば激痛が走る。
だから、触れてはならない。
寄り添う。ということは、「触れない」ということなのだ。
「私だって!! カレン様のことを愛しています!! だからこそ!! 悩んでいるんです!! そして、これが、最善手なんですよ!!!!」
西原は、執事という柄にもなく叫んだ。
地面にヒビが入るほど強く踏み込むと、響也へと斬りかかった。
神速の斬撃。
「【山茶花】!!!!」
目にも止まらぬ斬撃が、響也を襲った。
次の瞬間には、響也の身体中にひび割れのような亀裂が入り、血が噴出する。
切り刻まれた響也の喉の奥から、「がはっ!!」とうめき声が洩れた。
体勢が崩れ、地面に墜落する。
ドチャッと、血に濡れた、生々しい音が響いた。
手応えあり。
西原は、振り返ることなく、直刀を鞘に収めた。
カチンと、金属が触れる音が響き、響也を切り刻んだ白銀の刃は鞘に眠る。
「私の・・・、いや、カレン様の世界は、これで護られた・・・」
その②に続く
その②に続く




