第13話 トラウマ その①
僕の傷の全てに
君が笑っていた
1
架陰は考えていた。
(うーん。仮にもUMAハンターとしての仕事・・・。戦闘服で行くべきか・・・。いや、でも、急に着物で来られても、動揺するんじゃないか? だったら、学ランで・・・)
「こらぁっ!!」
突然架陰の頭に鈍い痛みが走った。クロナが背後から室内用スリッパで殴ったのだ。
「痛た・・・」
頭を抑えてうずくまる。
振り向くと、クロナが仁王立ちしていた。
「何自室のロッカーの前で、着物と学ランを交互に眺めているのよ? デート前の女子じゃあるまいし・・・」
何故、人の部屋に勝手に入っているんですか? と尋ねたかったが、架陰は口を噤んだ。素直に、その理由を答える。
「カレンさんから聞きました?」
「ええ、アクアさんから聞いたわよ」
アクアさんか・・・。
「死んだ成美って女の子が、死ぬ直前に誰かに電話していたらしいわね」
「そうなんですよ!」
架陰は身を乗り出した。クロナも知っているのなら話は早い。
「クロナさん、一緒に、その電話の相手・・・、美桜さんのところに行きませんか?」
「却下よ」
話よりも返事が早かった。
架陰は落胆するのを悟られないようにしながら、一応訳を聞く。
「どうしてですか?」
「どうしてって・・・、時間の無駄よ」
クロナは淡々とした口調だった。先程、「何故UMAハンターになったのか」という質問をした時と同じだ。
だが、クロナ自身「言いすぎたか?」と思ったのか、一つ咳払いをして、「あんたの言いたいことは分かるわ」と一歩譲った。
「けど、所詮、現場にいなかった者の意見。あったとしても、かなり少ない情報よ。ゼロに等しいと言ってもいいわ。それに、最悪、その美桜って女は、電話越しに友人が死ぬ声を聞いているのかもしれないわ。今、架陰が話を聞きに行って、平然と答えてくれると思う?」
クロナの試すような目が架陰を見る。
ぐうの音も出ない。クロナの言っていることがごもっともな事だ。
「無理だと思います」
「そうよね」
クロナは話は終わりだ。と言うように、架陰の、雑巾臭い部屋を出ていく。扉を開けた時、首だけ振り向いた。
「つまり、さっさと私たちで吸血樹の居場所を特定して、さっさと狩ればいい話よ」
バタンと扉が閉まり、静寂が舞い降りた。
架陰は萎れた風船のように、冷たい床に腰を下ろした。
「そうですよね」
先輩であるクロナは、当たり前のことを言った。正論を言った。それなのに、何故が、落ち着くことが出来ない。
何かが、欠落しているような気がした。
腕時計を見ると、もう18時を回ろうとしていた。
仕方がないことだ。クロナと共に事件現場の調査をして、響也のエナジードリンクの買い出しに行っていれば、時間が経つのは早い。
「クロナさん・・・」
(ダメなんだ・・・、言葉だけじゃ・・・、分からないんだ)
架陰はぐっと拳を握りしめた。伸びかけた爪が立つ。
そして、立ち上がる。
(やっぱり、納得出来ない。『情報が少ない』とか、『悲しみを抉るだけ』・・・、そんな理由で進むことを辞めるなんて、僕には出来ない。例え、それが事実だとしても・・・、僕は、納得しない・・・。自分の目で、自分の足で、その事実を受け入れるまでは・・・、僕は、諦めない・・・)
架陰は、何かを決意した。
2
成美が死亡直前に電話したとされる、【美桜】という女の子のマンションを探し出すのは簡単だった。
本当は、成田高校に登校してきた所を直撃するのが手っ取り早いだろうが、美桜は、友人を失ったショックで登校拒否をしているらしい。
だから、アクアに頼んで、特別に調べてもらった。
アクアは、架陰がこれから起こそうとする単独行動について咎めることはしなかった。
ただ、一言。
「気をつけてね」
と言って架陰に美桜の住所が書かれた紙を手渡した。
ありがたい。話のわかる人で良かった。
架陰は紙を手に挟んで拝む。
目の前には、十階建てのマンションが聳えていた。
「ここが【美桜】さんの家・・・」
架陰は手元のメモ用紙に書かれたマンション名と、マンションの入口に彫り込まれた名前を確認した。
大丈夫。ちゃんと【クレリーベ】と言う名で一致している。
「あとは・・・、番号だよな・・・」
これもまたアクアのくれたメモで確認すると、美桜の部屋は【412】だと言う。
「よし、行くか・・・」
架陰は右肩にかけたバットケースの中に入っている刀の感触を確かめた。そして、着物が入った巾着袋を左手で掴む。
マンションと言うので、セキュリティを心配していたが、架陰でも簡単に敷地内に入ることが出来た。
ほっとため息をついて、階段を登っていく。普通に考えて、【美桜】の部屋は四階にあるのだろう。
「よん、いち、に・・・」
掃除がされていない砂埃だらけの階段を登った架陰は、メモを確認しながら扉の前を順々に見て行った。
408
409
410
411
412・・・、
「あった!!」
架陰は【412号室】の扉の前で立ち止まった。その時初めて、美桜の苗字が【豊田】ということを知った。
「よし」
架陰は震える手で、インターホンを鳴らした。
特有の「ピンポーン」と言う音は聞こえない。本当に鳴っているのか不安になったので、もう一度押す。
またしても音は聞こえなかったが、扉の奥から誰かが動く音がした。
(やっぱ、人がいるのか・・・)
数十秒待っていると、「がちゃん」と扉の鍵が開く音がした。
重い鉄の扉が開いて、少女が顔を出した。
「どなたですか?」
怪訝だが、凛とした声が響く。ずっと布団に潜りこんでいたのか、艶のある黒髪は乱れていた。赤い縁の眼鏡をかけているが、目元の隈は隠せていない。
一言で言うと、疲弊した少女だった。
「あなたは?」
美桜は同年代の少年がやってきたことに明らかに動揺した。
架陰は唾を飲み込み、唇を湿らせる。
「君の友達について、聞きに来たんだ・・・」
その②に続く
その②に続く




