西原外伝 その⑨
崩壊の時が来る
私は紅茶を入れて
楡の柱が朽ちるのを待つ
9
その日、テレビのアナウンサーが、「観測史上最高の暑さ」と報道した。
私は、自分の部屋の窓を開けて、外に顔を出した時に、ギラギラと光る陽光に思わず目を背けた。
確かに、「観測史上最高の暑さ」と言うだけある。
外の空気は異様な熱気を孕み、アスファルトの上で照り返した太陽が、まるで蒸し風呂のように気温をあげていく。
息を吸うだけで、肺に鈍重な空気が流れ込んできて、とにかく不快だった。
私は、ふと屋敷の三階の部屋のお嬢様の様子が気になった。
今年で、十二歳になった花蓮様と、紅愛様。
顔立ちは大人び、背も伸びた。
筋力も付き、立派なUMAハンターに近づいている段階だ。
私は、タキシードの襟を整えて、部屋を出た。
お嬢様たちの部屋を目指して廊下を歩いていると、前方から御館様様がのそりのそりと歩いてきた。
私は廊下の端に避けると、ぺこりと頭を下げた。
すると、御館様は私を見て「ちょうど良かった」と言い、手招きをした。
「ちょっと、私の部屋に来てくれないか?」
「・・・、分かりました」
私は、お嬢様の部屋に向かうのを後にして、御館様の部屋に向かった。
部屋に着くと、御館様は、奥のソファにどかっと腰を下ろした。そして、「実はな・・・、花蓮と紅愛のことなんだ・・・」と言って切り出した。
「なんのことでしょうか?」
私はできるだけにこやかに言った。
「花蓮様と紅愛様は、大変優秀に育たれています。この前に、Cランクを一人で討伐されたので・・・、今度はBランクに連れていこうかと・・・」
「ああ、その事だ・・・」
御館様は、話が早い。と言いたげに頷いた。
「実はだな・・・、この前、花蓮と紅愛が倒したローペンについて調べさせて貰った・・・」
「え・・・」
思わず、間抜けな声が洩れていた。
花蓮様と紅愛様で一体ずつ倒した、二体のローペンの死体は、直ぐに未確認生物研究機関分署に引き取ってもらっていた。
すでに、研究機関に渡ったUMAの死体を、わざわざ見る。ということは、「何かある」ことを思わせた。
私の予想通り、御館様は「前に言っていたことは分かるよな?」と聞いてきた。
前に言っていたこと。
つまり、十二年前のことだ。
双子は、古くから忌み嫌われてきた。跡継ぎ争い。畜生腹で、獣と同類と見られる。
そのため、間引きで殺されてきた。
だが、さすがに今の時代で間引きをする訳にはいかない。だから、「一人に絞る」。つまり、「一人を捨てる」ということ。
別に、忘れていたわけではない。
だが、安心していたのだ。
十二年も経ったのだ。十二年もこの屋敷に置いて、ありったけの食事と、ありったけの勉強。ありったけの愛を注いできた。
情も移った。愛も生まれた。
まさか、ここまで来て、「一人を捨てる」なんてことは言わないだろう。と、鷹を括っていたのだ。
御館様は、静かに言った。
「一ヶ月後に、紅愛を養子に出す」
その瞬間、私は初めて、御館様に反論していた。
「待ってください!! どうして今なのですか? もう、十二年もたっているんですよ? それに、どうして紅愛様が!?」
主人に向かって口を利いた私に対して、御館様は眉間にシワを寄せながら「分かるよ」と言った。
「分かるよ。西原の気持ち。よく分かる。ここまで育ててきたんだ。今更、切り捨てる訳にはいかないよな」
「そうです! 花蓮様も、紅愛様も、城之内家の大事な大事な、お嬢様なのですよ! それを、どうして・・・」
「なあ、西原、頼むよ」
御館様は苦しそうだった。
この人だって、血も涙もある人間なのだ。
双子から一人を切り離すことが、どれだけ残酷なことかを知っている。
だが、それが「決まり」だから、「しきたり」だから、遂行するしかない。そう言い聞かせている。
恐ろしく、伝統に忠実な人なのだ。
「私は、お前と喧嘩をしたくない。お前に嫌われたくない。だが、これは絶対にしなければならないんだ。忌み子を捨てて災いが来るのならまだしも、忌み子を捨てないで災いが来るのは嫌だろう」
「ですが・・・」
私は、反論することを堪え、別のことを尋ねた。
「どうして、紅愛様なのですか?」
この十二年間、一番あの二人と時間を共にしてきたのが私だ。
その私が、一番わかっているつもりだった。
花蓮様と紅愛様。
この二人に、違いなどない。
優劣など、存在しないのだ。
御館様は静かに言った。
「花蓮の方が、優秀だったからだ・・・」
目の前に黒い靄がかかり、火花か弾けたような気がした。
その⑩に続く
その⑩に続く




