西原外伝 その⑧
別れる時が来るから
私は手を繋ぐ
出会う時かあるから
私は目を逸らす
温もりの中に求めるのは
それが永遠でありますようにと
8
降りしきる雨に濡れながら、霧に曇る路地を歩く雨宮黒真様を見つけた時、私は迷わずリムジンを路肩に寄せた。
ブレーキを掛けた時の振動で、花蓮様と紅愛様が目を覚ました。
「西原・・・、どうしたの?」
「すみません。少し、車の中でお待ちください・・・」
私は双子に一言言って、運転席から降りると、小走りで、トランクに回り込んだ。
開けると、齋藤が用意してくれた雨傘が、工具と共に入っている。
私はそれを掴み、灰色の空に向かって広げた。
大粒の雫が、張り詰めたナイロンの上で弾け、ボツボツと一定のリズムを奏でた。
私はその音に、踊る心を抑えながら、路地の先を歩く黒真様の方へと向かった。
話しかけようとした時、私は、黒真様の横にもう一人いることに気がついた。車道からでは、黒真様の肩が影となって気が付かなかった。
高校のブレザー。膝までのスカート。雨にぐっしょりと濡れて、裾から水が滴っている。いつか、文献で呼んだ王獣を思わせる上品な銀髪。
アクア様だった。
私は内心「しまった」と思った。
雨に濡れる二人。対して、傘は一本しかない。
だが、何もしないよりかはマシだった。
「もし・・・、そこのお二人・・・」
思い切って、二人の背中に話しかける。
黒真様と、アクア様は、ピタリと立ち止まり、振り返った。
突然背後に現れたタキシードの男に、怪訝な顔をする。
私はすかさず「この傘をお使いください」と、差していた傘を差し出した。
当然、遠慮される。
「いや、いいですよ。もう濡れてますし・・・」
「いえいえ、風邪を引くのも良くない。どうぞ、お受け取りください・・・」
私が頑なに傘を差し出すと、二人は目を合わせてから、それを受け取った。
「ありがとうございます」
「はい、返却は不要ですので」
私はそれだけ言うと、踵を返して、リムジンに向かって走り出した。
雨は勢いを強め、ザアザアとアスファルトの上で跳ねる。
一瞬傘から外れただけで、私のタキシードには重く冷たい水が染み込んできた。
思わず水たまりを踏んでしまい、靴の中に水が染みる。
慌てて、リムジンの扉を開けた。
「西原おそーい!!」
「おそいよー、西原ー!」
二人の声に出迎えられ、私は運転席に座る。
「申し訳ありません。直ぐに帰りましょうね」
サイドブレーキを下ろして、アクセルを踏む。
リムジンは、ゆっくりと路地を進み始めた。
ザアザアと、雨粒がリムジンの屋根を叩く。ボディの撥水性能が切れかかっているのか、水滴は弾かれることなく流れた。
「花蓮様、紅愛様、今度、ご一緒に洗車はいかがですか?」
私がそう言って提案すると、二人は声を上げてよろこんだ。
「「やった!! 洗車だ!! 水で遊べる!」」
二人にとって、このリムジンの洗車は、水遊びと一緒なのだ。はっきりと言わせてもらえれば、私一人でした方が効率がいい。
しかし、泡を掬い、水を掛け合ってはしゃぐ二人の様子は、どうしても微笑ましいものなのだ。
「では、晴れた日の休日に、一緒に洗いましょう」
「「はーい!!」」
双子は声を揃えた。
私はミラーで、二人の可愛らしい様子を見た。
それと同時に、この双子の母親である蓮花様の言葉を思い出す。
「私の子供を、護ってね」
大丈夫です。
まるで、いなくなってしまったあの人に語りかけるように、ひたすらに「大丈夫です」の言葉を反芻した。
大丈夫です。
貴方様の子供は、私が命にかえてお守りします。
今までそうしてきました。
そして、これからも守っていきます。
たとえ、花蓮様と紅愛様の、どちらか一人が、捨てられることになっても。
その⑨に続く
その⑨に続く




