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UMAハンターKAIN  作者: バーニー
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西原外伝 その③

滑空する赤蜻蛉追う蜉蝣


飛蝗の羽音を聴いて池に飛び込む蛙


手を繋ぎ双子畦道に伸びる影


まだ涼しい夏休み



3


御館様から「生まれてきた子供の教育係」を任せられた私は、部屋を出たあと、スキップでもしそうな勢いで廊下を歩いた。


世界を震わせる喜びが巻き起こり、胸のそこから突き上げるような感覚に襲われた。


ああ、私が、任された。


御館様の子供の、教育を、任された。


責任重大だ。


私の教育次第で、御館様の子供の運命が決まってしまう。と言っても過言ではないくらい、重大な役目だった。


だが、私には絶対的な自信があった。別に、驕っていたわけではない。だが、御館様の目を信じていたのだ。


あの人は、素晴らしい人だ。


好機を見極め、誰にも崩すことができない論理的な計略を組み立て、戦いを優位なものに持っていく。


まさに、宰相だったのだ。


そんな人が、私を選んだのだ。


つまり、私には、それだけの力があるということだった。









育てよう。


かならず、生まれてくる子供が、立派な人間になるように、執事として、一人のUMAハンターとして、精進していこう。


そう、意気込んでいた。











いつだっただろうか。


奥様・・・、つまり、蓮花様のお腹が丸くなり始めた時。


私は、蓮花様の部屋に呼ばれた。


私が部屋に入ると、蓮花様は、ベッドの上に座り、分厚い書物を穏やかな瞳で読んでいた。


女の従者が整えた綺麗な髪の毛が、前に垂れ、窓から入ってくる陽光を浴びてきらっと光る。


パジャマ越しの薄い胸が、ゆっくりと上下していた。


その、花瓶に差された一本の花の、健気な美しさを纏う彼女は、窓辺に留まる小鳥にすら愛おしく思われる。


私も、彼女のことを、一、仕える者として慕っていた。


「蓮花様・・・」


「ああ、西原。おはよう」


「おはようございます」


蓮花様は、少し青白い顔で微笑むと、読んでいた本を閉じて、脇の台に置いた。


「夫から聞きました。貴方が、私の子供の教育係なのね・・・」


「はい、微力ながら、努めさせていただきます・・・」


「微力なんて言っちゃだめよ」


その微笑みには、力が無かった。


私は、胸の奥に痛いものが走るのを感じながら、彼女に一礼した。


やはり、妊娠中なのだ。お腹の子供に栄養を取られるから、そんなふうに色白いんだ。


「あまり、無理をなされないように・・・」


「ええ、ありがとう。やっぱり、西原は優しいわね・・・」


「それで、私に用とは?」


「ああ、その話なんだけど・・・」


蓮花様は、前に垂れた髪を耳に掛けた。


そして、まるで砂場から取り出せれた原石のように、混濁しながらも、光を纏った瞳で私を見た。


「もしかしたら、貴方には、迷惑をかけるかもしれない・・・」


「迷惑?」


私は直ぐに首を横に振った。


「迷惑などではありません。光栄でございます。貴方様のお子様を、こんな、外部からやってきた私が・・・」


言ったあとで、口を噤んだ。


そうだ、私は、外部からやってきたもの。拾われた、野良犬のような存在。


だが、蓮花様も、同じだったのだ。


「だめよ、西原・・・」


蓮花様は、慈愛に満ちた笑みのまま、首を横に振った。


「貴方は、立派な城之内家の人間よ」


「はい、蓮花様も・・・、立派な・・・」


「ううん。私は、城之内家の人間じゃない」


私にそんなことを言ったのに、彼女は、声のトーンを落として、自分の存在を否定した。


「私は、子供を産むための道具だから・・・」


「蓮花様・・・、そんなことを言わないでください・・・」


「分かるの。夫は、私に子供しか求めていない。跡取りしか、求めていない」


そんなはずは無い。


私はそう言って否定したかった。


御館様は、立派な人だ。もちろん、蓮花様も立派だ。


御館様は、つねに、この家のことを考えている。私たち、執事のことも考えている。


そして、お二人の間に子供ができるということは、そこに愛があるのだ。


私はふっと微笑むと、彼女をなだめた。


「きっと、ナーバスな状態なのでしょう。少し待っていてください。私が、ココアを入れてきます・・・」


「ええ、お願いするわ。でも、私の話を先に聞いて・・・」


蓮花様は、そう言って続けた。


膨れたお腹に、そっと手を当てる。


「きっと、私は・・・、この家を追い出されることになるでしょうね・・・」


「追い出される?」


「きっとよ。あの人は、厳格な人。『優しい』の前に、『決まり』という概念に囚われている人・・・」


「・・・・・・」


「蹴ってる。私の大好きな赤ちゃん・・・」


「蓮花様・・・」


その時、私は言いようのない不安感に襲われた。


蓮花様の濁った瞳は、一体、何を見ているのだろう。


遠い、先の未来。


人間の第六感が訴えかけてくる、不穏な道のり。


それを、彼女は悟っているのだ。と、そう、思った。


「私はね・・・、この家なんてどうでもいいの。ただ、赤ちゃんが無事に生まれてきてくれて・・・、元気に育ってくれたら、それでいいの」


蓮花様は私を見ると、ニコッと笑った。


その笑顔を見た時、私は、何故か、泣きそうになった。









「お願い。西原・・・。かならず、、この子たちを、護ってね・・・」
























そして、数ヶ月後、蓮花様は双子を出産した。











その④に続く

その④に続く

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