西原外伝 その②
砂塵の岩に根を張って
朝露を舐める
悪鬼の種とはこの事か
2
あれは、私が城之内家に仕え始めて、二年が経った日のことだった。
とても、喉かな昼下がり。庭に植えられた桜の花びらは既に春風とともに空に吸い込まれて、葉桜となり、次の春へ息を潜めていた。
私は、夏に備え、業者に注文して、つい最近届いた向日葵の種を、一つ一つ、庭の畑に植えていた。
「西原さん!!」
背後で、幼い声がしたので、振り返る。
つい最近、執事見習いとしてやってきた齋藤が立っていた。
「どうしました? 齋藤・・・」
「あの、御館様が、呼んでいます・・・」
その時、私は胸の中に嫌な予感を感じ取った。
城之内家の当主、私たちが御館様と呼んでいるその方は、とにかく、威厳のある人だった。
さすが、何百年と続く名家の人間。ということだろう。
花を好み、茶道を好み、将棋を好む。という、和を突き進む性格ながら、執事や、身内にはかなり厳しく当たる。もちろん、八つ当たりなどではなく、態度が悪かったり、失敗などをすると、厳しく叱りつけるのだ。
「それでも、我が城之内家の人間か!!」
と。
私も、最初の頃はよく怒られた。庭の手入れがなっていなかったり、戦闘訓練で怪我などをした時に、厳しく怒鳴りつけられた。
しかし、ここ最近はそういうことも無くなっていた。というか、以前廊下でばったりと会った時に「お前に言うことは何も無い。お前は、立派な執事になったよ」と認められたのだ。
それなのに、御館様、直々に呼び出しがあった?
私は向日葵の種植えを齋藤に任せると、直ぐに屋敷の御館様の部屋に向かった。
きっと、何か御館様の気に食わないことをしてしまった。
少し、焦っていた。
御館様の部屋に着くと、私は、重厚な扉を静かにノックした。
「御館様・・・、西原でございます」
そういうと、直ぐに、中から、「入れ」という声が返ってきた。
私は「失礼します」と一礼してから、扉を開けた。
開けて直ぐに、窓際に置かれた特注の椅子に、御館様は腰を深く掛けて待ち構えていた。
膝の上には、拾ってきた野良猫が乗っていて、大きな欠伸をした。
私は御館様に頭を垂れた。
「私に御用とは、なんでしょうか・・・」
ビクビクしながら聞くと、御館様は、随分と柔らかな口調で言った。
「そう固くなるな。今日はそんな気難しい話ではない・・・」
そう言われた時、私は拍子抜けして、顔をあげた。
「では、どのようなご要件で?」
「実はだな・・・、蓮花のことでな・・・」
「奥様のことですか・・・」
城之内蓮花様。
それが、御館様の奥様に当たる人だった。
私も詳しくは知らないのだが、御館様の代で、親戚一同に「女性」が生まれなかったらしい。
そのため、蓮花様は、城之内家の血筋ではない人間。
つまり、城之内家の跡を途絶えさせないために、数年前に嫁がせた女性らしい。
私は、その話を風の噂で聞くまで、彼女が「他所の人間」ということを考えもしなかった。
それだけ、蓮花様には、「高貴な雰囲気」があったのだ。
何をやらせても、流麗にこなしてしまう。
華道も、その手の道の者に引けを取らない。
もちろん、剣道も、茶道も。
嫁ぐ特に、姑のような方に教えこまれたのかもしれない。いずれにせよ、蓮花様は、城之内家を支える母に相応しい存在だった。
御館様は、言いにくそうに口髭を撫でてから、絞り出した。
「実は、蓮花が、妊娠した・・・」
「蓮花様が・・・」
私は直ぐに頭を下げた。
湧き上がってくる感慨と共に、「おめでとうございます!!」と言う。
御館様は、素っ気なく「ありがとう」と言うと、本題に入った。
「それでな、生まれてきた私の子は、時期跡取りとなるわけだ」
「はい」
「つまり、【UMAハンター】になるわけだな」
「御館様がそのように考えるのであれば・・・」
「ああ、私は、産まれてくる子供を、【UMAハンター】にしたい。貿易や製菓なんて、世間体を保つために小遣い稼ぎに過ぎんからな・・・、私たち城之内家の人間は、未確認生物を倒してこそ、成り立つものがあるな・・・」
「それで・・・、何を・・・」
私が改めて聞くと、御館様は「ああ」と頷いた。
口髭を撫でながら、言った。
「お前に、子供たちの教育を頼みたい・・・」
「教育?」
「ああ、私も四十を過ぎて、身体にガタが来はじめている。だから、UMAハンターとしての戦闘訓練などには、限界・・・、というか、肉体的に疲弊してきてな・・・」
「ああ、左様でございますか・・・」
確かに御館様は、年寄る波には勝てず、戦線から遠のいていたというイメージがあった。
「お願いできるか? 西原・・・?」
「分かりました」
私は、御館様の頼みならばと、深深と頭を垂れた。
「私が、御館様のご子息を、立派なUMAハンターに育て上げて見せます・・・」
その③に続く
その③に続く




