第12話 ありがとうお姉ちゃん その③
死神に祈る
この命が終わりますように
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その赤スーツの大男にぶつかった時、架陰は「終わった・・・」と思った。恐らく、この大男が次に発する言葉は、「どこに目ぇつけとんねん!! このボケナス!! 太平洋に沈めたろか!!!」だろう。
そして、自分はコンクリートに詰められて、なすすべなく、冷たい海にドボン。
「すみません・・・」
架陰は死を覚悟して頭を下げた。
赤スーツの大男は、小さな丸メガネをかけているため、目からの表情が読めない。
坊主の頭を下げる。
「こちらこそ、すみませんでした」
「えっ!?」
予想と360度違う返しに、架陰は目を白黒させた。
大男が広い手を伸ばしてきて、架陰の乱れた学ランの襟を正す。
「私の体躯は2メートルありまして、あなたの存在に気づきませんでした。いや、これは失礼。ただの私の過失ですね」
「いえ、僕の方も、考え事をしていて」
こんなヤクザみたいな格好をして、こんな丁寧なことを言われたら、頭が混乱するのは必然だった。
大男は、架陰の手に提げたエナジードリンクを見た。
「エナジードリンク、好きなんですか?」
「い、いえ、先輩に買ってこいと・・・」
「そうですか・・・、お気の毒に・・・」
哀れまれた。
大男はぺこりと架陰に頭を下げた。
「お互い、先輩には頭が上がりませんね」
架陰がやってきた方向に歩いていく。ふと立ち止まって、振り向いた。
「そういえば・・・、【キュウケツキ】と呼ばれる化け物が人を襲っているので、お気をつけください」
「・・・、はい」
架陰は頷いた。
数秒後奇妙な違和感を覚えて「えっ?」と間抜けな声を上げた。
「あの人、なんで【吸血樹】のことを知っているんだ!?」
もうあの大男は居ない。路地を曲がってしまったらしい。
だが、よく考えてみれば、あの人が【吸血樹】の存在を知っていてもおかしくない。一応、【吸血事件】はこの町に広まっている。
吸血事件と聞いて、まず頭に浮かぶのは【吸血鬼】と言う漢字だろう。だから、きっとあの人は【吸血鬼】と言ったのだ。
「そうに、決まってるよな・・・」
架陰は勝手な解釈をすると、また、歩き出した。
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「ただいま戻りましたー」
総司令官室の扉を開けると、すぐさま響也の手が伸びてきて、架陰のナイロン袋をひったくった。
中を確認する響也。
「なかなかいいチョイスじゃないか」
「ありがとうございます」
心無しか、響也の機嫌は良くなっていた。
響也のナイロン袋を、カレンがひったくる。
「ダメよぉ。今日はここまで!」
「お前っ!返せっ!!」
「響也にカフェインなんかで死なれたら困るわぁ」
カレンは響也の伸ばしてきた手をヒラヒラと躱して、総司令官室を出ていった。
響也とカレンの会話が遠ざかっていく。
「あの二人、仲良いですね」
架陰はボソリと言った。
クロナが頷く。
「そうね、話によると、響也さんがカレンさんをUMAハンターに誘ったらしいし・・・、あの二人はかなり昔からの付き合いよ」
「腐れ縁ってやつか・・・」
架陰は少しそれが羨ましく思えた。自分に、そういった過去からの知り合いがいないからだ。
(よく、覚えていないな。過去のことは・・・)
響也のお遣いを終えた今、アクアの総司令官室に留まる必要は無い。
架陰は、「行きましょう」と言って、クロナと共に部屋を出た。
ずっと気になっていることがあった。鬼蛙戦の時に、夢に出てきたあの男の言葉だ。
(『君の記憶を、呼び覚まそうとしたたからねぇ』)
(僕の、忘れた記憶・・・?)
あいにく、自分には忘れている記憶など無い。まあ、忘れていたらそれを証明術も無いのだが。
あの男と、自分の記憶を探ると気分が悪いので、架陰は吸血樹のことを考えることにした。
「じゃあ、私は部屋に戻るから・・・」と言うクロナの声に「はい・・・」と上の空で返事する。
(明らかに、情報が少ない・・・)
吸血樹の正体もわからない。ならば、攻略法だって無い。
もう一度吸血樹が出るのを待つか?
そんな危険な真似ができるか?
架陰は、いつか見た刑事ドラマのセリフを思い出していた。
(『げんばひゃっぺん』か・・・)
事件現場を何度も訪れて調査すると、例え小さなものでも事件の重要な手がかりを手に入れられる。という意味だ。
(じゃあ、あの成美っていう女の子が死んでいた公園を調べるか?)
架陰は顎に手をやった。
(いや、それよりも気になるのは、『何故、あの公園に成美っていう女の子がいたか』だ・・・)
遊びに行った。というのが理由なら頷けなくもないが・・・、女子高生が一人で狭い公園に行くだろうか?
(考えすぎか・・・?)
それとも・・・、誰かと一緒にいる所を吸血樹に襲われ、その誰かは逃げた?
(さすがに無いか・・・、友達なら助けを呼ぶからな・・・)
考え事に夢中で歩いていたら、前方の注意が疎かになっていたらしい。架陰は何か柔らかいものにぶつかった。
「うわっ」
見ると、カレンが立っていた。ってことは、つまり自分がぶつかったのは・・・。
「だめよぉ。ぼーっとしてたらぁ・・・」
「す、すみません」
なんか、デジャブを感じずには居られなかった。
見ると、カレンの背中に響也が齧り付いている。そこまでしてもエナジードリンクを奪い取りたいらしい。
「あぁ、そうそう!」
カレンは思い出したように手を叩いた。
「アクアさんから伝言よぉ、架陰くんとクロナが調査した、あの成美っていう女の子・・・」
タイムリーな話に、架陰は身を乗り出した。
「それが、どうしたんですか?」
「警察の調査結果が出たんだけどぉ・・・、その子、死ぬ前に友達に電話をしていた見たいよぉ」
「!?」
架陰の身体を電気が走る。
カレンの背中から響也が顔を出した。
「ちなみに、名前は『美桜』ってやつだ」
13話に続く。
カレン「響也!! そろそろエナジードリンク飲むのをやめにしたらぁ?」
響也「うるさい、エナジードリンクは私の栄養源なんだよ」
カレン「1日のカフェイン摂取量がどれくらいか知ったるのぉ?」
響也「もちろんだ。400ミリだろ?」
カレン「正解よぉ! でも、あなたが今飲んでいるエナジードリンクは何本目よぉ?」
響也「・・・、一本目だ」
カレン「うそよぉ! 八本目!!」
響也「よく考えてみろ。確かにここにあるのは八本だが、全部違うメーカーのエナジードリンクだ。つまり、カフェインの配合料も、B1、B2も、高麗人参の量も違う! あと・・・、ロイヤルゼリーだって!!」
カレン「はいはい。そんなことしてると後輩に嫌われるわよぉ」
響也「嫌われるもんか。やつはもう私のエナジードリンクを口に入れている。そのうちやつもカフェイン中毒になるだろう」
カレン「はい、ここに架陰くんの飲み残したエナジードリンクがありますわよぉ!」
響也「・・・・・・」
カレン「ね?」
響也「コノヤロウ・・・」
カレン「ちょっと! 辞めなさい!! 死ぬわよぉ!!」
響也「十本だって百本だって飲んでやる!!」
カレン「また、エナジードリンク禁止令出さなきゃなぁ・・・。次回、第13話【トラウマ】!!」
響也「あれ、なんか、動悸が速く・・・」




