愛が故の沈黙 その②
愛が故に
それを憎み
2
背後に誰かが立ったことに気がついた響也は、長い黒髪をかき分けながら振り返った。
椿班の赤スーツにも負けず劣らずの、漆黒のタキシード。
表情が読むことが出来ない、能面のような白い仮面。
骨ばった手が握るのは、ジェントルマンのステッキ。
「・・・・・・」
響也は薔薇班の男から視線を外し、彼の足元に倒れている、八坂を見た。
八坂は白目を剥き、口から泡を出して微動だにしない。
「・・・!!」
響也の唇がピクっと動いた。
(あいつ、八坂を倒したのか?)
架陰奪還作戦で、八坂とチームを組んだ響也だからこそわかっている。
八坂は、三席と言えど弱くはない。
名銃【NIGHT・BREAKER】を構え、息を殺して敵を討つ。
遠距離射撃を得意とした狙撃手ではあるものの、反射神経だって悪くないのだ。
悪魔の堕慧児の一人である、【鬼丸】と対峙した時も、的確に戦場の照明を撃ち抜いて、自分の有利な暗闇の展開に持ち込んだ。そして、勇敢にも、鬼丸に立ち向かった。
普段は、存外に扱う響也だったが、これでも、椿班の八坂の実力は認めている方だった。
その、八坂が、薔薇班の男に負けたのだ。
(こいつ、どうやって八坂を倒した?)
気絶した八坂には、特に外傷がある訳では無い。
無傷のまま、意識を刈り取られている。
「・・・、お前・・・」
「失礼します・・・、響也様・・・」
薔薇班の男は、まるで地を這うような声で言った。
「ここで、眠っていただきます・・・」
男は、左手に握ったステッキの柄を、右手で握る。
スラッと、音がして、ステッキの中に仕込まれていた白銀の刃が姿を現した。
響也は思わず半歩引いていた。
「仕込み刀?」
「左様でございます・・・ 」
男は仮面の奥でそう頷いた。
手練。
その言葉を体現したかのような佇まい。
男は、ステッキのU字の柄から伸びる白銀の直刀を、流麗な動きで振り回した。
静かに、空気が張り詰める。
「【バトラーの仕込み杖】・・・!!」
響也は舌打ちをした。
戦いは好まない。
そもそも、我々はUMAハンターなのだ。UMAを倒すためのハンターなのだ。UMAを倒すための職業なのだ。
それが、ハンター同士の優劣を決めるために、人間同士で戦い合うなんて、馬鹿げている。
「私はね、戦いたくないんだ・・・」
「私も、戦いたくありません・・・」
「じゃあどうして・・・!!」
「あなたにも、いずれ分かることになります・・・」
薔薇班の男は、剣の切っ先を響也に向けた。
「いずれ、抗うことが出来ない【運命】に、抗いたくなることが、あなたにも、来るのです・・・」
「言っていることが分からないな・・・」
響也は、肩に掛けていたDeath Scytheの三日月形の刃を、地面と平行に構えた。
「まあいい。さっさと終わらせてやるよ・・・」
「はい、よろしくお願いします・・・」
風が吹き付けた。
辺りの木の葉が散り、視界の中でチラチラと舞った。
ザリッと、響也が地面を踏み込む。
一瞬で男との間を詰めた。
「はあっ!!」
男の意識を刈り取るため、素早くDeath Scytheを振り下ろした。
ガツンッ!!と、響也の手の中に痺れるような衝撃が走った。
「っ!!」
響也は勢いそのままに弾き返される。
「なんだ!?」
空中で身を捩り、何とか着地。
顔をあげる。
そこには、透明な緑色の壁が現れていた。
「結界!?」
あの硬質な壁が、響也の斬撃を弾いたのだ。
男は静かに「そうです」と言った。
「これは、【結界】です」
「・・・・・・!!」
「何が何だか・・・?、という感じですね。あなたはもしかして、能力者と会ったことがないのですか?」
「あるに決まってるだろ? アクアさんも、架陰だって能力者だ!!」
「そうです。その【能力】なのです」
男が、左手でパチンと手を鳴らすと、結界が消え失せた。
「これが私の能力、【結界】。空間中の至る所に、自在に、どんな攻撃も防いでしまう結界を張ることができるのです・・・」
「くっそ・・・!!」
響也は再びDeath Scytheを構えた。
性懲りも無く、向かっていく。
「はあっ!!」
「無駄です!!」
男が指を鳴らす。
その瞬間、目の前に、緑色の結界が現れた。
ゴンッ!!
と、響也は顔面から結界に突っ込んでいた。
「くっ!!」
額が割れて、血が眉間の間を伝った。
血が眼球に流れ込み、視界が赤く染まる。
「終わりです!!」
男は、身動きが取れなくなった響也へと襲いかかった。
その③に続く
その③に続く




