【第77話】愛が故の沈黙 その①
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(どうする・・・!?)
西原は歯軋りをした。
迷っている間に、響也の背中がどんどんと遠ざかっていく。
今なら、隙をついて倒すことも可能。
しかし、西原の執事としての良心が邪魔をした。
(響也様は・・・、カレン様の心の支え・・・)
カレンにとって、響也が恩人ならば・・・、そのカレンに仕える西原にとっても、響也は恩人なのだ。
だが、その恩人の口を塞がなければ、【城之内花蓮】と【城之内カレン】の存在が明るみに出てしまう可能性がある。
「・・・っ!!」
震える手を、必死に抑えた。
(落ち着け・・・、少し後頭部を殴るだけでいいんだ・・・、それで、響也様は戦えなくなる。それでいい。それだけでいいんだ・・・)
西原は、持っていた杖を、フェンシングのように構えた。
殺気は消す。
気配すらも消す。
一瞬で仕留めるのだ。
(参る!!)
覚悟を決めろ。
覚悟は、十年前に決めたはずだった。
西原は地面を蹴って、響也へと接近した。
響也は気づいていない。
(とった!!)
西原がそう確信した瞬間、遠くで、火薬が破裂するような音が響いた。
西原の右肩に、強い衝撃が走った。
「っ!?」
ドブッ!!と、肩口から血が吹き出す。
西原のうめき声で、響也が振り返った。
そこには、肩を抑えてうずくまる、西原の姿があった。
「・・・、おい、どうした・・・!?」
「っ!!」
西原は杖を地面に落とすと、左手で右肩を押さえた。じわりと、赤黒い血液が流れ出し、指先を伝って地面に落ちた。
「響也・・・、様・・・!!」
「っ!?」
響也の顔が困惑の色に包まれた。「どうして、私の名前を知っているのか?」と言いたげな顔だった。
西原は、苦痛に顔を歪めながら、自分の右肩を貫いた弾丸が飛んできた方向へと目を向けた。
誰かが、歩いてくる。
「響也さん、大丈夫ですか?」
森の奥から姿を表した男・・・、それは、鮮血のような赤いスーツに身を包み、黒塗りのライフルを携えた、眠たげな顔の男だった。
(彼は・・・、椿班の!!)
椿班・三席・八坂銀二。
確か・・・、市原架陰奪還作戦の時に、桜班に協力した者の一人だった。
(最悪だ・・・!!)
八坂は、欠伸を噛み殺すと、ライフルの銃口を西原に向けた。
「響也さん、こいつ、響也さんを、背後から襲おうとしていましたよ?」
「え、そうなの?」
響也は興味が無いように言った。
「へえ・・・、お前・・・、人の不意をつくタイプか・・・、まあ、悪いとは言わないよ・・・。戦いは如何に人の隙をつくかが大事だからね・・・」
「響也さん、どうしますか?」
「どうするかって・・・、なんで八坂、お前が私に指図しているんだ?」
「いや、聞いているだけなんですけど・・・」
「知らんよ。お前が何とかしろ・・・」
響也はそう言って、くるりと踵を返した。
西原に背後を狙われたからと言って、報復をする訳では無いらしい。
そのまま歩き出す響也に、西原も、八坂も困惑した。
「ええ!? 響也さん!! これ、ボクに何とかしろって言うんですか!?」
「何とかしろ・・・、私は興味が無い・・・」
そのまま行ってしまう。
八坂が「どうするかな?」と、困った顔を西原に向けた。
「あんた、薔薇班だよな? この目で見るのは初めてだ。しばらくは、班長不在で活動を自粛してたもんな・・・」
「・・・・・・」
西原は仮面を着けたまま、コクリとうなづいた。
恐らく、この椿班のメンバーも、【城之内花蓮】のことは知らなくとも、【城之内カレン】の存在は知っているはずだ。
最悪じゃない。
むしろ、好機と捉えるのだ。
西原は静かに言った。
「失礼します・・・」
「・・・は?」
八坂の半開きの口から放たれた間抜けな声、それを合図に、西原が動いた。
ぬるりと、低い姿勢から八坂の懐に潜り込む。
八坂は慌てて引き金を引いたが、もはや銃の射程圏外。
骨の浮いた拳で、八坂の顎をかちあげた。
「ぐっ!!」
「私を舐めてはいけません」
西原は素早く八坂を地に伏した。
八坂からライフルを奪い去り、遠くに投げる。
「っ!! お前っ!!」
「申し訳ありません。私は、薔薇班の四席ですが、元【班長】の称号を得ています。つまり、強さは、【班長格】ということですね・・・」
肩を撃ち抜いたというのに、西原はそれをものともせずに、八坂の首筋に杖を押し当てた。
「すみません。何度でも言いましょう。あなたに、個人的な恨みは無い。しかし、お嬢様の秘密を守るためにも、あなたにはここで眠ってもらわなければなりません・・・」
「っ!!」
八坂はうつ伏せになったまま、横目で西原の冷たい眼差しを見上げた。
(この杖で、何をする気だ!?)
「さようなら・・・」
その瞬間、西原は杖を引いた。
その②に続く




