【第76話】 西原の暗躍 その①
首落ちた薔薇を湯船に浮かべる
煮えた虫どもか浮かんでゆく
1
三島梨花の肩に、齋藤が所持していた。ナイフが突き刺さる。
細くも切れ味のよい刃は、ズブリと梨花の関節の間に食いこんだ。
「っ!!」
耐えろ。
そう必死で自分に言い聞かせた。
しかし、腱を傷つけられた以上、梨花に物理的に抗う力は残っていなかった。
ダラっと、腕が垂れる。
「くそぉ!!」
歯を食いしばって、ぼたぼたと血の滴る指先をあげようとした。
しかし、名刀・葉桜の重量も力を貸して、腕は上がらない。
(っ!!)
顔を上げた。
架陰と花蓮が、目前にまで迫っていた。
「ちっ!! 終わったね・・・」
三島梨花は静かに目を閉じた。
次の瞬間、彼女の首筋に強い衝撃が走った。
二度目の峰打ち。
そして、二度目の気絶だった。
しかし、戦う気力を失くした彼女にとって、もう起き上がる気は無かった。
そのまま、糸の切れた人形のようにその場に倒れ込む。
ドサッという音がやけに目立って響いた。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、もう二度と襲ってくることはなかった。
三島梨花が今度こそ動かないと確かめた架陰は、刀を鞘に収めた。
「なんとか・・・、倒せましたね・・・」
「そうですね!」
花蓮は溌剌として頷く。そして、架陰同様に刀を腰紐にさした。
「やっと、倒せましたね!」
「はい・・・」
架陰は、倒れている齋藤の方を向いた。
「ですが、齋藤さんが・・・」
「はい、わかっております・・・」
花蓮は覚悟したように頷くと、架陰にトランシーバーの液晶を見せた。
そこには、「薔薇班・副班長・齋藤・・・脱落」という文字が無機質に並んでいた。
「一度本部に【戦闘不能】と判断されたUMAハンターは、身の安全のために、それ以上戦うことを禁じられます。齋藤は、その判断を下されてしまいました・・・」
「ということは、回復薬を使ってももう・・・」
「はい。残念ですが・・・」
すると、横たわっていた齋藤がうめき声を上げた。
「お、お嬢様・・・」
「齋藤!!」
架陰と花蓮は、ボロボロになってしまった齋藤に駆け寄った。
齋藤は、額から血を流しながら、「私はここまでです」と言った。
「時期に、あの上空にヘリコプターがやってきて、私を回収するでしょうね・・・」
「ええ、あなたは、今しがた【戦闘不能】の判断が下されました・・・」
「そうですか。私は、脱落ですか・・・」
齋藤は案外あっさりと自分の負けを認めた。
ふっと息を吐いて、目を閉じる。
「架陰様・・・、お嬢様のことを、よろしくお願いします・・・」
架陰は力強く頷いた。
「はい!! 任せてください! 花蓮さんは、僕が必ず護ります・・・!!」
着物を身にまとった胸をドンッと叩く。
それを横で見た城之内花蓮は、動き回って紅潮した顔をさらに赤らめた。
「か、か、か、か、か、か、架陰様・・・、私と、結婚してくれるんですかっ!?」
「い、いや、そこまでは言ってないんですけど・・・」
まあいいか。
(ハンターフェスで生き残る上で、花蓮さんの剣術と身体の柔らかさを活かさない手は無い。それに、彼女は僕に気があるみたいだし・・・、言い方は悪いけど・・・、【利用】させてもらおう・・・)
齋藤が、震える手でタキシードのポケットに手を入れた。
そして、【回復薬】を取り出す。
「架陰様・・・、これを使ってください・・・」
「これは、【薔薇香水】・・・」
「私は使っても意味が無いので・・・。お嬢様の分も・・・」
「ありがとうございます・・・」
架陰は齋藤に深く礼を言うと、齋藤から香水の瓶を受け取った。
スプレー式のそれを、傷ついた体に振りかける。
主に切り傷が架陰の体を覆っていたが、一瞬にして塞がった。
「さあ、花蓮さんも」
「いいんですか?」
「花蓮さんも怪我、してるじゃないですか」
架陰は視線を落として、花蓮の太ももを見た。
ガターベルトは装着しているものの、ゴスロリドレスの裾が短いせいで、覗いた生足には生傷が大量に付いている。
「あの、かけますよ?」
架陰はしゃがみこむと、花蓮の脚の傷に【薔薇香水】をふりかけた。
染みたのか、花蓮は顔を顰めた。
しかし、傷はたちどころに回復した。
(ほんと、凄いな・・・)
架陰は回復薬の効力に驚きを隠せない。
(これ、確か・・・、悪魔の堕慧児と一緒にいた【夜行】の再生能力を参考にして作られているんだよな・・・)
回復薬を開発したのは、【架陰奪還作戦】の時に助太刀にやってきた、元最強のUMAハンター兼、今はSANAの研究委員である鑑三だった。
全快した二人は、胸を張って立ち上がった。
「じゃあ、齋藤さん!! 僕達、もう行きますね・・・」
「はい、お嬢様をよろしくお願いします・・・」
「花蓮さん、行きましょう!」
「ええ、これから、よろしくお願いいたします!! 架陰様!!」
齋藤に背を向ける。
二人は、次なる獲物を目指して歩き始めた。
その②に続く
その②に続く




