第12話 ありがとうお姉ちゃん その②
憎しみが故にそれを愛し
愛が故にそれを憎む
2
総司令官室に、クロナの驚嘆の声が響き渡る。
「吸血樹と戦ったんですか?」
成田高校に帰ってきた響也の着物が汚れていたので、どうしたのかと尋ねたクロナは、響也が一足先に吸血樹らしきUMAと一戦を交えたことを知った。
「倒したんですか?」
クロナは食いつくように尋ねた。
響也はソファの前で「いや、無理だった」と言いながら、汗と泥で汚れた着物を脱ぐ。
直ぐに、架陰の目をクロナが塞いだ。
「そうですか・・・」
「ああ、地面から枝・・・、いや、動物細胞なら触手と呼ぶべきか。まあ、飛び出すばかりで、ちっとも本体を狙えない」
それから響也は思い出したように付け足した。
「あと、切断した触手は、平泉さんに調査を依頼した」
平泉・・・、一昨日鬼蛙の死体処理をした、未確認生物研究機関桜班分署の人か。
遅れて、総司令官室に入ってきたアクアが小さな悲鳴を上げた。
「ちょっと!! 響也!! 脱ぐならシャワー室か更衣室でやってよ! 一応ここは私の部屋なのよ!!」
「すみませーん」
響也は気だるい声で返事をすると、下着の姿のまま扉を開いて姿を消した。
直ぐにアクアが「着替えは!?」と、お母さんが子供を叱るような声を上げて追いかけていった。
再び架陰と二人きりになったクロナは、大人しく響也の着替えを待っていた架陰を解放した。
架陰は顎に手をやると、先程までの荒っぽい仕打ちを無かった事のように考えに耽った。
「なるほど、まだ吸血樹はこの町にいるみたいですね」
もう、クロナのパワハラには慣れっこだった。
クロナが、響也が脱ぎ捨てて行った着物を折り畳みながら言う。
「そうね、しかも、響也さんすら倒せないUMAなんて・・・」
これからそんな化け物と戦うと思うと、クロナの周りにドロドロとした緊張が取り巻き始めた。身体がずっしりと重くなる。
「あらぁ、どうしたのぉ?」
葬式のような空気を放っていると、総司令官室にカレンが入ってきた。
「元気が無いわぁ」
「そーですよねー」
クロナは無気力な声で頷いた。
カレンは手を口に当てて、大袈裟に驚いた。
「それはいけないわぁ!」
そして、手に持っていたナイロン袋からエナジードリンクの缶を二本取り出す。
「はい、これ飲んで元気だして!!」
クロナと架陰の手に、響也お気に入りのエナジードリンクが握らされた。キンと冷えていた。
「響也に頼まれて買い物してきたけど、五本もあるから、二本くらい私が買い足しておくわぁ」
架陰とクロナは、「ありがとうございます」と言って、プルトップを開けた。プシュッと、浮き輪から空気が抜けるような音がして、炭酸が弾ける。人工甘味料の匂いが漂った。
内心飲みたくない。
架陰は横手でクロナを見ると、クロナは「飲むわよ」と腹を括り、目で訴えていた。先輩の厚意に背くような真似は出来ない。
架陰は缶を傾けた。やはり、薬臭くて、好きな味ではない。
そうやって二人でちまちまとエナジードリンクを飲んでいると、シャワーを浴びて戻ってきた響也が「あぁああああ!!!」と、地獄の雄叫びを上げた。
バスタオルを巻いたまま、架陰とクロナに飛びつく。
「なに私のエナドリ飲んでんだっ!!」
クロナは咄嗟に飛び退いたので、架陰が捕まって首を絞められる。
「ぐげえええ!」
クロナが慌てた。
「響也さんっ!バスタオルがっ!!」
いや、そこの問題!?
架陰は白目を剥いてつっこむが、首を絞められているせいで声が出なかった。
カレンが響也の頭を叩く。
「こら! 架陰くんをいじめないのよぉ!」
「だって、こいつが私のエナドリを!」
「私があげたのよぉ。ほら、三本残ってるから」
「三本じゃ足りない!!」
「飲みすぎよぉ・・・」
数分後・・・。
カフェインを摂取することによって、ようやく落ち着いた響也は、アクアが持ってきた制服に着替え、ちまちまとエナジードリンクを飲んでいた。
その様子を見て、カレンはため息をついた。
「本当に、子供みたいねぇ」
「うるさい」
例えカレンがエナジードリンクを二人に上げたところで、罪は架陰とクロナにあるらしい。架陰は、響也に命じられてエナジードリンクの買い足しに行ってしまった。
居心地が悪くなったクロナは、【三席待機室】、つまり自室に戻った。
総司令官室のソファの上で響也は一本目を飲み干すと、直ぐに二本目を開けていた。
響也自身、「今すぐに五本もいらないな」と思っていたが、この際五本飲みきってやる。と意地になっていた。
「もぉ・・・」
カレンは、このまま響也がカフェイン中毒で死んでしまうのではないかと不安になった。
(まあ、大丈夫そうだけどねぇ)
響也のカフェインへの耐性は人間の域を越している。一度、十本連続でエナジードリンクを飲み干した響也の姿を、カレンは見たことがあった。
3
一方、架陰はと言うと・・・。
「クロナさんも手伝ってくれたらいいのに・・・」
架陰はエナジードリンクの缶が入って膨れたナイロン袋を持ってコンビニの自動ドアを通った。
「エナジードリンクって、意外に高いな・・・」
お金はカレンから預かっていたとは言い、五本で1000円もの買い物をすると、やはり気が引けた。
成田高校への徒歩5分の道中、色々と考え事をしながら歩いた。
(よくよく考えたら・・・、僕とクロナさんって、同学年だよな・・・)
架陰は17歳。
クロナも17歳。
それは、架陰も薄々勘づいていた事だった。
出会った時から命令口調、上から目線だったため、てっきり先輩だと思っていたが、響也とカレンが三年生だということを知り、その先輩にクロナは敬語を使っていた。
(別に、クロナさんにタメ口を使いたいって訳じゃないけど、なんか、変な感じだ)
ナイロン袋の表面に結露が浮いていた。それを、指で拭う。
(まあ、おかしいことでもないか。落語とか、師弟関係のある世界じゃ、先に入った人を【兄弟子】って言うからな・・・)
のろのろと歩く。
考え事をしていたせいで、注意力が散漫になっていたようだ。
架陰はどんっと、何か大きなものにぶつかった。
ハッとしてみると、目の前に赤い壁・・・、いや、壁のような大男が、赤いスーツに身を纏ってたっていた。
その③に続く
その③




