結婚してください その③
違和感は音もなく
渓谷を滑り抜け
五臓六腑の
手の鳴る方へ
3
行動を共にすることになった、架陰、城之内花蓮と、その付き人である齋藤は、鬱蒼とした森の中を歩いていた。
「ふふ・・・、私は幸せ者です・・・」
先程から城之内花蓮は、顔を赤らめながら、架陰にくっついて歩く。
架陰はぎこちない笑みを浮かべていた。
想い人に着付き添う。という、お嬢様の大胆な様子を見た齋藤は、人知れず涙を流した。
(そうです! そのままでいいのです! お嬢様!! そのまま架陰様を押し倒してくださいませ! そして、時期跡取りを・・・)
齋藤の狂気の視線を感じた架陰は、人知れず顔をひきつらせた。
(やっぱり、この人たち怖い・・・)
だが、刀は返して貰った。
もし架陰の寝首をかこうとするものなら、こんなことはしない。
本当に、協力をしようしているということだ。
「そういえば、僕の身体の傷って・・・」
「ああ、もちろん、私が治しました!!」
城之内花蓮は、白と黒のフリルが施されたゴスロリのスカートの中に手を入れた。
そして、太ももに縛り付けていた小さなスプレー式の小瓶を取り出す。
「これは、薔薇班の回復薬【薔薇香水】!! これを振りかけると、傷はたちどころに癒えてしまいます!!」
「へえ、軟膏系の回復薬ですか・・・」
「架陰様が所属している桜班の回復薬はどんなものですか?」
「僕はこれですよ」
架陰は、着物の懐から、回復薬【桜餅】を取り出した。
「ああ、摂取系ですね。傷の治りは遅いですが、栄養も補える優れものです!」
「そうなんですよ」
各班には、このように名前にちなんだ回復薬が支給される。
桜班は【桜餅】
椿班は【椿油】
そして、薔薇班は【薔薇香水】
ちなみに、先程倒した藤班の東堂樹が所持していた回復薬は、【丸薬】だった。正式名称は【藤丸】というらしい。
(そういえば、僕、今までに出会った班の回復薬、全部被験済みなんだよなあ・・・)
城之内花蓮は、【薔薇香水】の瓶を、再び太もものホルダーに戻した。
「架陰様が怪我をされたら、この回復薬で治して差し上げますから!」
「いや、気にしないでくださいよ。僕は桜餅があるんだから・・・」
「まあ、なんてお優しい人・・・」
城之内花蓮は両手を頬にやって、ぽっと赤くなった。
架陰は身体中がむず痒くなった。
(やりにくいなあ・・・)
こういう、直球な好意を向けられたことは無い。
上司である響也も、クロナも、どこかツンケンとしている部分があるし、城之内カレンでさえも、何を考えているのか分からない。
強いて言うなら、いつも、「架陰! 架陰!」という鉄平だろう。
まあ、彼は男なのだが。
(それに、城之内花蓮って名前・・・)
架陰は、まだ彼女の正体を疑っていた。
(城之内花蓮と、城之内カレン、どう違うんだ?)
歩きながら、城之内花蓮の横顔を覗き込んだ。
髪の毛はコロネのようにカールして、顔は色白。唇に紅を差していた。
そして、「これぞお嬢様」って感じのゴスロリ服。
(顔以外は、全くカレンさんと似てないな・・・)
「どうされたんですか? 私の顔に、何か付いていますか?」
「え、いや・・・」
架陰は慌てて視線を逸らした。
「なんでもないです・・・」
「そうですか。気になることがあれば、なんでも聞いてくださいね!」
ニコッとはにかむ城之内花蓮。
心做しか、架陰は、「こっちの城之内花蓮の方が、人間っぽい」と思った。
(城之内花蓮と城之内カレン。絶対に何か、関係があるよな・・・)
だが、それを指摘するのは、はばかれた。
(なんか、嫌な予感もするし・・・)
しばらく歩いていると、架陰は、とある気配を感じて立ち止まった。
見れば、横を歩いていた花蓮。その後ろを歩いていた齋藤も立ち止まっている。
「あの・・・」
「架陰様も気づきましたか・・・、さすが、お嬢様の殿方・・・」
「いや、その話は一旦置いといて・・・」
架陰は首筋にむず痒いものを感じながら、辺りを見渡した。
「視線・・・、感じませんか?」
「そうですね・・・」
齋藤は恭しく頷くと、タキシードの内ポケットから、先程架陰を襲撃した時に握っていた【黒い筒】を取り出す。
「この気配は・・・、人間、ではない。ですね・・・」
「そうですね・・・」
架陰は腰の刀の柄に手をかけた。
視線を四方八方に向けるが、何かが動くような素振りは無い。
(気配はあるのに・・・、姿が見えない?)
次の瞬間、架陰の立つ地面が、もぞりと動いた。
その微弱な振動を感じ取った時、架陰の記憶が蘇る。
「花蓮さん!!」
「きゃあっ!!」
架陰は城之内花蓮の脇腹に手を回すと、地面を蹴って上空へと逃げた。
地面から、褐色の木の枝が飛び出す。
「こいつは、【吸血樹】!!!!」
第73話に続く
第73話に続く




