第11話 吸血樹 その③
離れないように
手を繋ぐ
離れてもいいように
祈り合う
5
「UMAであろうと、生物だと言うことには変わりはない。私たちは、生物の【命】を奪うのよ? そんな仕事に、まともな人間が就けると思ってるの?」
クロナはそう言った。
架陰は何も答えられなかった。クロナのその言い方は、まるで、「UMAハンターがまともではない」と言っているようだったからだ。
架陰には、クロナも、響也も、カレンも、「まともではない」とは思えなかった。いや、少し変なところはあるけど・・・。
スタスタと歩き出したクロナの背中が小さくなっていく。どうしても、その背中を引き止めることが、出来なかった。
6
一人でUMAの調査を行っていた響也は、休憩のために座っていた民家の屋根の上で、アクアから連絡を受けた。
「今回のUMAは『吸血樹』よ」
というものだった。
また大物が現れたものだ。
響也はトランシーバーを着物の袖にしまいながら思った。
風が、響也の漆器を塗ったように艶やかな黒髪を揺らした。遠くから、子供のはしゃぐ声がする。
その声を聞いて、響也は、「そう言えば、吸血樹はどれも『地面の上』で人を襲ってるな」ということを思い出した。
恐らく、あの子供たちの声は、何処ぞの小学校の生徒だろう。
「行ってみるか・・・」
響也は屋根の上に立つ。布に巻かれたThe Scytheを握る。そして、「カンッ!!」と瓦を弾いて跳躍した。
まるで野山を駆け回る猿のように、屋根から屋根。電柱から電柱へと飛び移り、特殊な空中歩法を使ってあっという間に子供たちの声がする場所へ降り立った。
そこは、公園だった。クロナと架陰が調査に向かった公園とは少し違う。この町の最初の犠牲者である、小学校教諭が倒れていた小学校のグラウンドでもない。
だが、両者の位置関係を考えれば、この公園でも、吸血樹が出現する可能性はあった。
6人ほどの男の子たちは、サッカーボールを蹴りあって遊んでいた。看板には、『ボール遊び禁止』と書かれている。
至って平和な光景だ。
(そりゃそうか・・・)
響也はふっと自分の杞憂を笑った。
突然公園に降り立った着物姿の少女を見つけた男の子たちは、「忍者だ!」「いや、侍だよ!!」と言って、サッカーを中断して駆け寄ってきた。
響也を男の子たちが取り囲む。
「なんだ? 邪魔だ・・・」
興味が無い響也は、隈が浮いた目で睨みつける。そして、半ば強引に男の子たちを押しのけて帰ろうとした。
公園の自販機に目が止まる。
「おっ!」
見たことがないエナジードリンクが販売していた。
響也は直ぐに自販機へと歩いて行く。そして、袖に入れた小銭を投入して、早速購入した。
男の子たちも、まるで親鳥にくっつく雛のように響也の後ろに立っていた。興味と感動の混ざった目だった。
響也はそれすら無視して、エナジードリンクのプルトップを引いて開栓した。
一口飲む。
なるほど、なかなか美味い。エナジードリンク特有の薬臭さは残しながら、果汁を混ぜているから、さっぱりとした喉越しになっている。
響也はものの10秒で、エナジードリンクを飲み干した。これで急性カフェイン中毒にならないのは、日々の不摂生の賜物だろう。
缶を捨てようと思ったが、ゴミ箱がない。最近は、自分で持ち帰らないと行けないスタイルらしい。
「・・・」
響也はそのまま缶を投げ捨てた。
「ああ! ダメだぞ!!」
男の子の一人が声を上げた。
「ポイ捨てだ!!」
響也は「ああ・・・」と男の子たちの方を見た。その虚ろな目は、「なんだ、お前らまだ居たのか・・・」と言っているようだ。
確かに、未来ある小学生が見ている前での行為ではなかった。
響也は直ぐに地面に転がった空き缶を拾い上げた。そして、大きく振りかぶって、道路の外へと投げた。
空き缶が、見えなくなる。
「ああ!!」
「残念だったなガキども。道徳だけでは生きていけない世界もあるんだよ」
我ながら大人気ない。
響也は、「卑怯だぞ!」と言っている男の子たちを放っておいて、また別の場所へ移動しようとした。
だがその時、響也は地面から足に伝わる微弱な振動を感じ取った。
「!?」
(なんだ・・・? 地震か!?)
いや、違う。地震とは少し違う揺れ。地面の中で、何かが・・・、蠢いている?
(っ! こっちに近づいてきてる!!)
「逃げろっ!!」
響也の野生の勘が発動した。
周りにいた男の子たち全員に、吠えるように叫ぶ。
しかし、反応が一歩遅い。
いや、一歩早かったところで、地中から来襲する敵に対応することなど、出来るわけがない。
「うわあああっっ!!」
地面から、尖った木の枝のようなものが飛び出し、真上にいた男の子の腕を突き刺した。
血が散る。
男の子は苦痛に悲鳴を上げた。
(こいつがっ!! 【吸血樹】か!!!)
響也は肩にかけていた武器の布を取り去った。
S字状の刃が付いた長物が姿を現し、陽光を反射してギラりと光った。
「The Scythe!!!」
響也のしなやかな脚が地面を蹴る。
一瞬で吸血樹との間合いを詰める。
すれ違いざまに一閃すると、木の枝らしきものは切断され、断面から赤い液体が吹き出した。
(これは!?)
見たところ、血のような液体。
吸血樹の襲来に、男の子たちは蜘蛛の子を散らして逃げている。唯一腕を刺された男の子は、腰を抜かして地面にしゃがみ込んだ。
「こっちだ!!」
響也は男の子の手を無理やり引いて脇に抱えた。
地面を蹴って跳躍する。
「ここにいろ!!」
降り立ったジャングルジムの上に男の子を避難させた。
「・・・、う、うん」
男の子は怯えた様子で頷く。
袖から止血用の包帯を取り出して、男の子の腕に巻き付けた。
逃げた他の男の子たちも心配だが、今は構っている暇がない。
「私は、あの化け物を狩ってくる!!」
響也はジャングルジムから飛び降りた。
着地した時、身体がザワりとする。
(殺意を向けられたな・・・)
やはり、この地面の中に、何かがいる。
(ちょうどいい。探すより、囮になった方が戦いやすい・・・)
響也は2メートルあるThe Scytheの中心部を右手で握り、地面と平行に構えた。
地面が揺れる。
「ここかっ!」
地面からせり上がってくる殺気を感じ取った響也は、すぐ様上空に跳んだ。その瞬間、響也が立っていた場所から、黒い枯れ枝が飛び出す。
空中で身を捩る。
響也の戦場での異名は、【死神】。その長い脚を軸に、The Scytheの遠心力を利用した攻撃で全ての命を刈り盗る。
「死踏・・・、壱の技」
回転を勢いに変換し、刃を振り下ろす。
「【命刈り】!!」
薪を割るかのように、吸血樹の枝が両断された。その断面から、赤い液体が噴水の如く吹き出す。
(まだだ・・・、こんな枝を破壊したところで、本体じゃない・・・)
響也は破壊した枝から距離を取った。だが、離れた場所の足元からも枝が飛び出す。
「くっ!?」
上に跳躍して回避する。
だが、今度の枝はさらに長く伸びて、響也の腕を掠めた。
(明らかに、追尾してるな・・・)
「【命刈り】!!」
響也はそれもThe Scytheの刃で両断した。
ややバランスを崩しながらも、左手をついて着地。その地面からも枝が飛び出した。
「うぜぇっ!!」
響也は横に転がって回避する。
しかし、枝は直角に折れ曲がると、響也が転がった方向へと伸びてくる。
「伸縮も、方向転換も自由自在なのか!?」
響也は手をついた反動で立ち上がると、The Scytheを構えた。
「二の技!!」
ダンッ!! と、地面にヒビが入るくらいに踏み込む。
「【旋刈り】!!」
旋刈りとは、The Scytheで一撃を加える【命刈り】を二連撃にしたものだ。命刈りの型で一撃を加えたあと、腕を使って強制的に回転方向を変え、二撃目を加える。
The Scytheの流線型の刃から放たれる、変則的な刃が、まるで旋風のようになって枝を斬り裂いた。
「くそっ! 追撃が出来んっ!!」
地面から飛び出す枝は、さしずめ、吸血樹の【本体】から出る、変幻自在の【触手】に過ぎない。
いくら斬っても、意味が無いのだ。
(どうする!?)
第12話に続く
架陰「響也さんって、エナジードリンク中毒ですよね?」
響也「そうだな・・・エナジードリンクは好きだ」
架陰「何処が好きなんですか? 」
響也「そりゃあ、語りきれないな。強いて言うなら、飲めば活力が溢れることくらいか? あと、メーカーも、他者との競争に力を入れてるから、単に【薬臭さ】を出すだけでなく、それでこそ、果汁や、ブレンドを変えてみたりして、差別化を測ってたりする。その違いを楽しむのもエナジードリンクの醍醐味と言えるな」
架陰「そうですか」
響也「エナジードリンクは一本200円くらいするからな、かなり高いだが、そこにも・・・」
架陰「(変な扉を開いてしまった・・・)」
響也「聞いてるのか?」
架陰「きいてますよ。次回!! 第12話【ありがとうお姉ちゃん】!!」
響也「今日は気分がいい。どれ、私のお気に入りのエナジードリンクを飲ませてやろう」
架陰「(ええ・・・)」




